oyawaza390

こんにちは、ストロング宮迫です。

夏休みの始まりの際に書いたように

第1ターム:7月21日から7月31日
第2ターム:8月1日~8月14日
第3ターム:8月15日~8月28日

現在は夏休みの第2タームにあたるとボクは考えています。

第1タームを踏まえて、順調に勢いを増して進んでいる方はそれでよし!

ただね、見ててもやっぱり緩む子供が多いですなあ・・・

そもそもやる気なし!であれば、緩むたって最初から緩んでいるから致し方ないとして、頑張ってる子供も緩むのがこの時期なのかもしれませんね。

やらねばならぬ!と思ってるんだけど、机に向かえないとかさ。いったん机に向かって勉強が始まれば進められるんだけど、「さあやるぞ!」って座るまでに時間がかかるって感じです。

成績がイイ子、イイ線行っている子供でさえ、そんな感じですから、順調でもなく、習慣もなく、やらねばという気持ちにさえなっていなければ、難題です。

理屈でいえば「つべこべ言わずに机に付けばイイだろ!」ってなるんだけど、そうはイカの●ンタマでね。試験の前になると漫画が読みたくなったり、やらねばならない仕事が目の前にあると、取り掛かれずに部屋の掃除とか始めるのと同じだ。

あの成績抜群の突き抜けた天才ロケット博士・糸川英夫先生だって「糸川英夫の入試突破作戦」という本の中で「この闘いをしてきた」と書いていたことはすでにここで何度か紹介しました。

早く机に座ればいいのになかなか第一歩が踏み出せない「あなたのお子さんの名誉のため」に少し長いが改めて引用しておきます。

「糸川英夫の入試突破作戦」

入試の真髄は自分との闘いである、と書いた。自分の欠点、弱点、弱味から目をそらそうとする「逃げ」の姿勢との闘いである。

私自身、学校時代をふり返ると、中間テスト、期末テスト、入試、いつでも「試験」の前になるとムヤミヤタラに映画が見たくなって困った。

当時は・・・・後世に永く名を残すようになった名画の全盛時代だったから、いつも見たい映画があった。

それが試験の前になると、ムラムラと見たい気持ちが湧いてくるのである。それを「試験がすんでから」と自分に言いきかせる。

ところが、映画好きの、もう一人の私が反抗する。

「映画は1週間で替わるのだ。今見なければ永久に見るチャンスを失う。それに、試験までは、まだ1週間もあるのだ。この間に、たった2時間で映画は見られるのだ。そして、この2時間で感動し、満足したら、お前の勉強は一段と能率が上がるのだ。

何も試験だけが人生ではないのだ。およそ、試験などはくだらんものだ。要するに一夜漬けの単なる記憶のテストに過ぎないのではないか。人間が本来持っている個性の発揮も、創造力の火花も、そこで散りはしないのだ。

映画は違う。その中に本当にお前を育てるものがあり、それは後年のお前の人生に、永く永く残って、それこそ人生の糧になるのだ。

それに、オレは試験を受けないとは言っていない。くだらないのは百も承知で、試験勉強も充分やるといっているのだ。ただ、その間に、2時間だけ、映画を見るのが、そんなに悪いのか」

なんと説得力のある言葉であり、発想ではあるまいか。人間は「逃げるため」の論理をデッチ上げる天才である。

私にとって試験前は、いつも名画を見たい、待てない、今すぐ見たいとダダをこねる自分と、待て、映画は試験がすんだら必ず見せてやるとナダメる自分と、2つの自分との闘いがあった。



ある時は、みごとな論理で、ある時は、華麗な情動で、現実逃避への欲求をそそる。

恐らく、この自分の中に内在している、逃げの心があるか、ないか、それに従うか、闘うかが、他の生物と人間を区別したであろうし、人間の進歩というものがあるとすれば、この闘いを続けられるかどうかで決まるのであろう。

oyawaza270
逃げずに闘えれば、あなたのお子さんは「糸川グループ」へ、結局逃げて闘えなければ、残念ながら「不名誉なストロンググループ」への仲間入りとなる。

まさに天下分け目の戦いだ!

この「天下分け目の戦い」を子供たちは日々やってるわけですな。第1タームで逃げたら、第2タームで盛り返したりしてさ。波があるからね。

子供たちだけじゃない、親であるボクたちだって今もこの「天下分け目の戦い」の最中だ。ボクたちは「逃げるための論理をデッチ上げる天才」だからさ。

なかでもボクは天才中の天才っていうかキングオブ天才だから、見事で完璧な論理でなんの衒いもなく勉強から逃げ切った!

image00

で、受験でひどい目にあったとさ(キ▼д▼;)トホホ・・

そのために勉強の始まりをいかにするかがその日の勉強の勝負の半分以上を決する。

声かけっていうのは、多くの親の方がしてることだと思います。「八時になったよ!」ってやつね。約束、決め事で「八時から」ってしてて、だから「時間だよ」って言う。

わかってるんだ!それは。

でも、八時が近づくにつれて、やる気が誰かか、どこかに吸い取られていくんだな。どこかに掃除機みたいなものが、子供たち、いや人間の身体には備わっているらしい。そして時刻が近づくにつれて吸引力が強まり、最悪のボクみたいなタイプだと、身体ごとその備わった掃除機に吸い込まれちゃう。

声かけをすれば「今やろうと思ったのに言われたから、急にやる気が出なくなった」とか理屈としてはまるで成り立たないことを言い立ててしまう。言った本人が理屈が通っていない、ただの八つ当たりだという自覚があるから、言えば言うほど自己嫌悪に陥る。

自分でわかってるんだ、誰かのせいにして逃げようとしてるってさ。

でも、親はそれも言っちゃうからね「人のせいにしないの。八時になったのにいつまでもテレビの前に座ってるから言っただけでしょ」とかさ。

わかってるんだ、それも子供は。

わかっちゃいるけど、始められない!

あソレ!スイスイスーダラダッタ スラスラスイスイスイ

そうして考えてみると、「スーダラ節」の歌詞はみんなが闘ってる様子を実に見事に歌ってるっていえますな。

ちょいと一杯のつもりで飲んで
いつの間にやら梯子酒
気がつきゃホームのベンチでゴロ寝
これじゃ身体にいいわきゃないさ
分かっちゃいるけどやめられない

あとは程度の問題だけで、「ホームのベンチでゴロ寝」まで行くと「不名誉なストロンググループ」への仲間入りとなる。

「不名誉なストロンググループ」を逃れるための論理はもうわかってる。

たとえばこれだ。


絶対入ったら気持ちがいいハズなんだけど、入るまでに時間がかかるのは勉強と一緒だ。

ただ風呂は入ったら確実に気持ちいいけれど、勉強してランナーズハイみたいになれる連中は少ない点が風呂よりも勉強に取り掛かることの難しさを際立たせているともいえる。

もう1つ、これもみんなよくわかってることでいえば、これだ。


もうここに言い尽くされてる。面倒だけど、まずは「小さい面倒を片付けよう」ってことだけだ。それを習慣でやっつける。習慣が継続すれば性格になるから、もうやらなくちゃ気持ち悪くなって「小さな面倒」に取り掛かれるようになる。それができれば、運命が、新たな運命が切り拓かれるってわけだ。

oyawaza205.jpg

ボクは以前からここで言っているのは「スイッチを入れる」ってやつです。

ダラダラと書いているのは、どの子供だって、そういう葛藤があるってことを改めて考えてみてほしいって思うからです。

自分の胸に手を当ててみれば、それはきっとわかってもらえるだろうと思います。あなたもそうだったように、そして今もそうなように、子供も同じなんだと。

「わかるわ~、その気持ち!」

そこから子供との話し合いも声掛けもスタートさせてほしい。「やるのが当たり前」「そうできるのは当然」って前提で親が子供に話し始めると、途端に「正しい理屈の親VS理屈に合わないことはわかっているがやれない感情的な子供」の構図で話は進んでいく。

まあ、それでもいいんですが、それじゃあ解決もしくは解決には向かわないってことです。

oyawaza117

「わかるわ~、その気持ち、お母さんも一緒!」って前提からスタートすると、「それをどう克服していこうか?」と親子が同じ向きを向いて撃破すべき「何か」に向かえるようになる。

「やらなきゃいけないけどやれない」敵に親子でタッグを組んで向かってほしい。そこに行く前に親子が対立する形で敵に向かう前に親子がいがみ合ってても、物事が前に進まないからさ。

いつか紹介したことがあると思うけれど、例えば「勉強を始めなきゃいけない八時」が近づいたら、5分前に「高田屋 きなこげんこつぼー」を一本食べる。

「勉強前に脳に糖分を供給しよう!」でもなんでもいいからさ、スイッチを入れる、勉強モードに入れる儀式を行うってことです。
514cLdOhFeL
別に「高田屋 きなこげんこつぼー」じゃなくてもいいんです。

もうこれ食い始めたらね、「八時よ!」とか言わなくても、来ちゃったかよ~って思えればそれでイイ。

「八時になったよ」って八時になって言うんじゃなく、7時55分になったら、一本をできるだけ時間をかけて食べる。食べ終えたら始まっちゃうからさ、勉強が。

だから噛まずにしゃぶりながら、まずは外側のきなこを片付けて、本体の水飴に挑む。どんなに頑張っても20分とか、もたないからさ。まあ5分で終わっちゃうんですよ。

でも、たったこれだけの儀式でも、一歩を踏み出す契機になる。ホントですよ。50分勉強したら、休憩でまた1本食べられる。

ただの「きなこげんこつぼー」を儀式に使って意味を持たせるってわけです。

これは勉強を始める前のスイッチだけど、勉強のスタートを切らせるときに、良いスタートを切らせるために今よく使っているのは「音読」です。

考える問題や手を動かして解く問題には向かないけれど、暗記したりの覚える科目での音読は、なかなか良いスタートを切らせるのに有効だと思っています。

そばについているときに声に出して読ませるのって多くの方がやっていると思うけれど、もし子供が一人の時、たとえば自分の部屋で子供が声を出して音読したり、覚えようとするものを繰り返して言っているのが聞こえてくると、多くの親は感激する。

だってさ、自分一人で声に出してでも覚えようってするってことは、かなり自発的な行為だし、なんとしてでも頭に入れたいって思っている証拠だし、前向きで積極的な態度で臨んでいるってことでしょう。

部屋からお子さんの声が聞こえてくるようなら、あなたのお子さんは、かなりイイ線いってるっていっていいでしょう。

そうなる前段階として、そして勉強の始まりでよいスタートを切るために音読からスタートするのはオススメです。算数・数学だって、勉強の始まりで数問でも計算系から勉強を始めるとエンジンがかかりやすいように、理科や社会や英語なんかで音読してからスタートする。音読って誰でもできるからさ。サッサとできることでもあるでしょ。

とりあえず始めてしまうときに、取り組みやすい、始めたぞって実感を持ちやすいものでスタートを切る。

もちろん何も考えずにただ音読しても成果という面では出にくいけれど、覚えようとしてぶつくさ言ったり、流れを頭に入れようと声に出したり、目と脳と手以外で耳と声を最初から動かしていくと、スムーズに勉強態勢に入れるって場合も多々あるから、まだやったことがない方は試してみて下さい。

夏休みもいよいよ第2タームの中盤です。盆休み前にさ、手ごたえを感じる勉強に目途つけておきたいですよね。ここで気を抜いたら盆休みでだらけて、坂道を転がり落ちることになるからね。

踏ん張りどころですよ。
sb_ld_soudan.gif
うれしい報告
『10の鉄則』の感想、続々と・・・・

小4 くんちゃん

10の鉄則を読んで、親の関わりが大事だということを再認識いたしました。

我が家は田舎にあり、周囲は塾に行くよりは部活動をがんばるという雰囲気です。もちろん、子供も入部してほぼ毎日練習をがんばっています。

そういった中では、成績もいい方になるので、勉強に対するモチベーションを高めるのがとても難しいと感じています。

私(母親)自身とても気分屋なので、「もっとがんばらせないと。」と思いながらも、子供がきつそうにしていると、「まあ、今日は大目に見るか。」とただでさえ少ない学習量を、さらに減らすこともあります。

「子供は親が思うほどヤワじゃない。」ということで、毎日淡々とやるべきことをこなし、それが習慣化するように、親が流されないよう意識していきたいと思いました。

今後も定期的に読み返していきたいと思います。

「全国統一小学生テスト」など全国の多くの会場でやっていますから受験してみたらイイですね。

とにかく「現状を知る」、子供の今の位置をできるだけ大きな枠組みの中で知ろうと努力することが先ず第一です。

準備もせずに受けたらいいんです。そして結果を受け止める。その上で、「今日は大目に見るか」ならイイ。

しかし、今の位置を知らずして感覚で「大目に見ていたら」いざという時に愕然とする場合も多いです。

今いる環境は今のままでイイ。しかし、それは大海を知らずにいてもいいということにはなりませんからね。

中2 茜さん

とても具体的かつ説得力のある内容で、大変参考にさせて頂きました。特に鉄則2、5、7、8,9,10になるほどと納得いたしました。

親が子供の勉強にどこまでかかわったらよいか、半信半疑のまま中学まで来ましたが、何をどうすればよいかはっきり教えていただいたように思います。一番心に残った言葉は、「捨てる勇気をもつ」です。

捨てる勇気って、子供ではなく、親にとって大事なんですよね。なんといっても、親は子供以上に欲張りですからね。

さあ、実際にお子さんの勉強に当てはめたときに、どう対処するかですね。鉄則5をしっかり決めて、早速スタートを切りましょう。

  • 10の鉄則
  • ノリ勉
  • 中学受験コース
  • 復テ対策講座
  • 30点上げよう会
  • 公開テスト対策講座
  • 親カツ講座(夏まで
コース)
  • 親カツ講座(入
試実践コース)