こんにちは、ストロング宮迫です。
御嶽山の水蒸気噴火、大変なことになっているんですね。ボクがテレビを見た限りでは登山者の方には今回の噴火はまったく想定外のことだったんだなあというような印象をうけました。
※この毎日親技は2014年9月29日に配信したものです
山に残されている方がまだたくさんいらっしゃるようですから、救助がはやく進めばいいですね。
この前の広島の土石流もそうですが、想定外なことが起こると、準備も何もないですから大惨事になります。これは人生全般にいえることですよね。
子供のことだって想定していなければ、想定できなければ、やっぱり親はパニックになって大惨事になります。
御嶽山は有史以来初となった昭和54年の噴火が起きるまで、噴火の可能性すら認識されず、近年も静穏な状態が続いていたそうですから予知の判断材料も十分でなかったんでしょう。気象庁などには今回の噴火に対して予知できなかったことに対する批判もあるようですが、「予知は難しい」と記者会見ではいわれています。
専門家らによる火山噴火予知連絡会が28日開いた藤井敏嗣会長(東大名誉教授)らの記者会見は、噴火予知の難しさを改めて浮き彫りにした。
--11日には火山性地震が多発していたが、予知はできなかったのか
藤井氏「もともと今回起こった水蒸気爆発を予知するのは非常に難しい。突発的に起こることが多く、11日の地震が前兆なのかという保証もない。それをもって予知に失敗したというかもしれないが、ある意味では仕方のない状態。われわれの火山噴火予知に関するレベルというのはまだそんなもの。ただ、もう少し情報の伝達に関しては、直接、登山客に対する働きかけがあってもよかったかもしれない」
--噴火警戒レベルの上げ方、登山者への注意喚起のあり方については
藤井氏「少しでも危険があるんだったら近づかないというのも手だ。そうすると活火山には近づくなということになるが、本当にそれでいいのか。完全に安全だということは自然現象に関してはあり得ない。もし完全な安全を求めるのであれば、危険なところには一切近づかないという解があってもいいが、それは住民、国民が納得するかどうか」
「こういう異常があって、次にどういうことが考えられるか、もう少し丁寧な情報発信があってもいい。噴火警戒レベルがあるから100%予知ができる、噴火の前にレベルを上げることができるというようなことは考えないでほしい。今回、今まで御嶽山で経験したことのない現象を経験したわけですから、警戒レベルそのもの、レベルの上げ方を改善していく余地はある
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--死傷者が多数出た藤井氏「確かに(死傷)数は非常に多い。活火山に登る以上は事故に遭う可能性はある。活火山に登ることはリスクがあるんだということは考えてほしい。人がたくさん集まっていることでは、たとえ小さな噴火でも大きな災害になるということが活火山の宿命みたいなもの。近づくときはそういうリスクがあることを登山客に考えてもらい、最低でもヘルメットは持って山に登るということを考えるのが活火山の場合、当然だと思う。噴火規模の大きさで災害の大きさが決まるわけではない」
私たち素人にはよくわからないので行政や自治体がちゃんと対応して予知したり避難勧告をしっかりしてほしいという気持ちはよくわかります。
広島の土石流の惨事でも行政の避難勧告の遅れなどが問題になっていますが、ただそれを行政や自治体に頼るのは正直言ってもう難しいんじゃないでしょうかね。
広島の土砂災害の際にこういう記事を見ました。
2014年08月25日(月)【今西 憲之】
深夜の災害に為す術はないのか?・・・・あまりの雨に深夜12時くらいに避難したという住民もいたが、多くはとどまっていた。避難指示、避難勧告がなかったためだ。
「何か指示が出るのかと、何度もテレビをつけたり、携帯電話のニュースやアプリで確認したが、なかった。それに、すごい雨で車をもっていないので、手段もなかった」
「もし避難するというなら、お年寄りや小さな子供もいる。広島市がバスなどで迎えに来るのかと思った。それが無理でも、広報車などで呼びかけくらいはしてくれ、近くの学校に誘導するとかしてくれると。それが何もない。見殺しじゃけんの」そんな住民の声が聞こえた。・・・
いかなる発言をもしていいのが日本のいいところですから、いかなる発言も認めはしますが「広島市がバスなどで迎えに来るのかと思った」とかにボクはまったく賛成できません。
お年寄りや小さい子供、体が不自由な人もいるだろうし、誰かに来てもらわないと避難できない人もいるでしょう。しかし、それは「見殺し」にしたわけではないと思うんです。
それが行政や自治体の限界でもあると思いますし。それをやるのが行政や自治体の役割という人もいるでしょう。ただボクは行政や自治体は藤井火山噴火予知連絡会会長がおっしゃるように情報発信、情報伝達のところに注力してもらうほうがいいのではないかと考えます。
そして想定外のことが起こったときには声をかけてもらえるように、また連絡を取り合う人がいるように普段から付き合いをしておくとか、防災訓練には参加するとかする。
バスが来るまで待っていたら手遅れになってしまいますから。
子供の勉強においても、学校や塾に全面的にお任せ状態になっていると、いざというときは対処できないし「合格させてくれると信じていたのに」とかになりがちです。
税金を払い、代金を払っているから責任もってやってくれという発想にはなるんでしょうが、最後は自分で対処しないといけなくなります。
このあたりの責任論はむずかしいところですし、さまざまな意見があろうかと思います。それでかまわない。でも、自分の命も子供の勉強もできれば最後は自分の判断で全うしたいなあと個人的には思います。
すばらしい学校、すばらしい塾、すばらしい先生、すばらしい行政や自治体もあるのかもしれない。でも、最後までお尻を拭いているところはないという前提で物事は考えるべきじゃないでしょうかね。
こういうとつい自己責任論になっていきがちですが、任せるならまかせた責任があるし、どこまで任せるのかは自分たちで決められるのが自由主義社会の日本のイイところですから。
さて、ここまで述べた問題を考える上でとてもおもしろい考察をここに1つ紹介しましょう。
1932年5月15日に起こったいわゆる五・一五事件を皆さんご存知でしょう。子供たちは中学受験においても高校受験においても、この五・一五事件は犬養首相が軍人に射殺され、この事件を機に「政党内閣が終焉した」と答えられるはずです。テストにも出るからね。お子さんにぜひ聞いてみてください。
それはさておき、この五・一五事件が起きた後、次期政権をめぐるさまざまな動きが活発化するわけですが、その際、のちに首相にもなった近衛文麿はこのように考えていたとか。
『近衛文麿―教養主義的ポピュリストの悲劇』筒井清忠著
・・・に赴き西園寺に自説を述べた。それは政党内閣か軍部内閣というものであった。日本の政党政治をここで潰えさすに忍びず軍部との衝突があることを予期しえてもあくまで政党政治を貫くか、いっそ軍部にやらせて責任を負わせ失敗したらその政治的立場も清算されよう、というのが近衛の立場であった。
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周知のようにこのとき近衛の提起した、危険な軍部にこそむしろ責任を負わせようという論理こそ東条内閣を呼び出した論理と同じ種類のものである。これは、危険な存在に身を任せるとその存在が責任を感じて身が安全になるという、危険性を低く見積もった性善説の楽観論である。
確率論的に安全性の低いほうに国の運命を任せようというのである。これは弱者の権力論といってもよいであろう。自分自身では積極的に問題の責任を取ろうとする力量と勇気がない立場の人間が思いつくことなのである。
ただし今日、近衛らを批判することはやさしいが、近衛らを批判する人も自らの安全を危険な存在の善意にゆだねようという論理に立っているのであれば、実は近衛らと同じ地点に立っていることになるということも指摘しておかねばならないであろう。
これは案外日本人の好きな論理なのである。
こののち日本は満州国承認、国際連盟脱退に向かって突き進んでいくのはご承知のとおりです。
この「案外日本人の好きな論理」は実は親が子供によく適用します。
すなわち
「(受験生なのにゲームばっかりして勉強を全くしないというような危険な存在になっている)子供にお前のことなんだから任せるから自分の好きなようにしなさい」
そうすれば少しは子供は自覚して勉強もするだろう・・・
というような「危険性を低く見積もった性善説の楽観論」で勉強の面倒を見ることが苦になった親が子供に丸投げする。
「いっそ責任を負わせ失敗したら」自覚もするだろうし、その方がこの子のためである、そうした論理が親は案外好きななんですよね。
本当は好きっていうよりは言うことも聞かないし面倒くさいし、正面からぶつかるのは手におえないから自分がそうすることに理屈をつけているだけなんですけどね。
しかし、筒井清忠氏が指摘するように「安全性の低いほうに」子供の「運命を任せようというのである」が「これは弱者の権力論」で「自分自身では積極的に問題の責任を取ろうとする力量と勇気がない立場」の親が思いつくことなんです。
親は子供に逃げずに本音で真正面からぶち当たっていけというのは親技の根幹ですが、親としての力量がないのは仕方がないとしても「勇気」がない「弱者の論理」で子供に丸投げし「自分自身では積極的に問題の責任を取ろう」とせずに、子供自身の責任論に帰そうとする「性善説の楽観論」。
こういう場合、子供が目覚めて「わかった!任せてくれてありがとう!よーしやるぞ!」とはほとんどの場合なりません。
勉強の習慣もなく、できる喜びも努力の厳しさも知らず、受験や勉強に対する方法論も持っていない子供は戦前の日本がそうであったように事実や現実を見て見ぬふりをしながら、気合だ精神だと思いながら行くところまで行ってしまう。
中には軌道修正できる子供いるのですが、それは誰かとの出会いによって軌道修正されます。
つまり、出会いがない子供はいろいろな結末がありますが焦土の敗戦までいく。それが現実です。
自分でやらないなら、誰かとの勉強における出会いを作ってやらないといけません。そしてその「誰か」や「誰に」任せるかは親が決めなきゃいけないし、その任せた責任は親にあるとボクは考えています。
世の中、あらゆるものがアウトソーシングになっています。それは便利で良い時代になったということでしょう。文明の進歩においてはもう後戻りはできません。
なので、そのあらゆる子供に関するアウトソーシングや外注をする先はよくよく考えて決めたり、「まあここにするか」って決めた場合はどう事態が流れていっているのかを注意深く見守っていかねばなりません。
そういう意味での自己責任論であるなら、ボクも大いに賛成するところです。
「確率論的に安全性の低いほうに運命を任せよう」というのは「弱者の権力論」であり、戦わずして負ける、いや戦わずして逃げるというもっともあってはならないことですから。
[復テ対策] メンバーさんからの報告
小5 女王の教室さんストロングさん、いつもポジティブでご丁寧なアドバイスありがとうございます。久々の嬉しい報告です。
模試が一昨日ありましたが、偏差値62と60台に復帰出来ました。半年間の偏差値50を何回か切った低迷を抜けて。色々半年間の試行錯誤がありましたが、この夏が勝負と思い取り組みました。
その中で良かったアドバイスやポイントは、
・夏に弱点補強をする大事さ
・イケドン法は、繰り返ししやすさに有り
・子供との約束
です。
最大の弱点は、字がきたなく数字が読みづらくポカミスが多い、計算間違いも多い、しかも一桁の足し算で。スピードを気にしすぎて早くやることばっかりやって、多くのミスの連発でした。
勉強以前の話と腹をくくりました。
まずタイマーで測るのは封印しました。ゆっくりとしかしミスなくやるように誘導しましたが、一ヶ月以上かかり、ミスが減ったのはこの最近です。
計算力も重要なのでiPAD上の一桁足し算や、二桁x一桁掛算暗算をどちらがミスしないか競って毎日やり、また夏季講習の計算問題も毎朝一緒に競ってやりました。こんな基礎からでしたが効果てきめんです。
また、算数と理科は、弱点単元を10位過去のテストデータから識別し、ストロングさんのノルマ式により私がいる土日や夏休み中に取り組みました。この時大変役立ったのが過去のイケドンシートです。お陰様ですべて体系的に弱点補強出来ました。
何より重要なのが子供との約束です。
まず私が「早く」と言ったり怒鳴ったら罰金を払うことを約束しました。また子供が反抗的になることが多過ぎるので、親は先生だと思って逆らわない、勉強を見てもらう場合は、当たり前と思わず丁寧語で頼むこととしました。
テレビの録画の女王の教室も見せながら、、、、。ここまで来るのに夏休み中には色々家庭内事件もあったのですが。
途中でストロングさんにさらに相談したいこともあったのですが、そばで見ている親が一番わかっているはずとも思い、子供と決めた決まりと目標で取り組みました。
感触としては、今までとは違う息子の変貌の様子です。
計算ミスも減り、字も丁寧になり、その結果のいい成績でした。しかも余裕が出たせいか他のポカミス対策も自分で認識してできるようになり驚きです。
何より夏にほとんど遊ばず取り組んだ息子の頑張りの成果です。人より努力するしかないとの説明に納得して。
でももう一回いい成績を出すまでは安心しません。イケドンのタイマーも様子を見ながら復帰します。 今後さらなる向上を家族で考えて取り組みます。私の教え方含めて。本当にいつもメルマガ含めて感謝一杯です!
2回連続で成果が出れば本物と親技では言っています。
「勉強以前の話と腹をくく」ってやったことが結果的には生きてきたってことでしょう。みんな勉強以前の問題を抱えているのに「勉強勉強」とか「テストが模試が・・」と言い続けています。
でも、勉強以前の問題を抱えたまま勉強しても成果はない。これはハッキリしています。
もし仮に勉強以前の問題を抱えたままテストでイイ点数なんか取ったりできたら最悪です。だって結果が出たらそれでいいと思うだろうし、もう後戻りして正しくて行くことが難しくなりますから。そうした一時的な結果は身を滅ぼすもとになります。
良い過程で良い結果を!が親技が目指すべきところですから。