こんにちは、ストロング宮迫です。
先日、教え子と8年ぶりに会いました。開口一番、「先生、年とりましたねえ」だって!
「おお44歳や!ぎっくり腰でメタボでクラクタよ」と。
今でも付き合いのある教え子は数に限りがありますが、ちょうどストロングが教えた頃の年齢に生徒がなって、結婚したり、子供を授かったり、まだ夢を追いかけていたり、病気になったり、会社を辞めたり、本当にそれぞれの人生を歩んでいます。
小学生や中学生だった頃を知っている子供たちがその後どのような道を歩いているのかについてボクはとても興味があります。
宿題をしてこなかった子
明日試験なのに遊んでしまう子
塾に行くと言いながら塾をサボる子
もちろんガンガン頑張って勉強する子も含めて
「あのときの勉強に対する態度や姿勢」
は、いったいその後の人生にいかなる影響を与えているのか。
そして、あのとき怒ったことや叱ったことがその後、子供たちにいかなる影響があったのかなかったのかなどなど20代後半から30代前半になった生徒に聞くことを楽しみにしています。
先日会ったヒデ君は14歳の中2で初めて会って、今年30歳。
※この毎日親技は2011年7月6日に配信したものです
ヒデ君は中学校を卒業して高校進学後はもう塾には来ていませんでしたから実質2年の付き合いがこうして今でも付き合いがあるんですから縁なんていうのは不思議なものです。
「受験のときやったから中3や。わしはお前にクラスの女の子に手を出すなって言ったのにお前、手を出したよな?」
「ああ、覚えています。ヤモリさんでしょ。」
「そうそうヤモリや。名前も思い出したわ。お前、ヤモリさんの中学まで行って学校帰りを狙ったやろ!わし、ヤモリから相談受けたぞ!」
「ヒェーーあったなあ、そんなこと。でも、ボク、ヤモリさんと高校になってデートしましたよ。」
「ホンマか? ヤモリはお前のことキライやって言うてたと思ってたんやがなあ。初耳やなあ。それは知らんかったわ。」
「でもアイスクリームの食べ方が気持ち悪いってすぐフラれたんですけど・・・」
こんなようなことでヒデ君は、塾に来ても、余計なことばかりして勉強に身の入らなかった・・・
そのヒデ君が告白しました。
「センセイ、ボクね、全然勉強しなかったでしょ。これは言い訳や!ってゼッタイ言われると思うんでけど・・・」って始まった告白はこういうことでした。
小学生の頃、勉強して褒められるのがうれしかった。
もちろんテストでイイ点数を取った時も褒められるけど、たとえば夏休みの宿題を3日間で済ませたら皆でキャンプに行こう!とかになって頑張って宿題を3日間で済ませる。
「そしたら約束通りキャンプに連れていってくれるんですよね。そのキャンプに行ったときに親もすっごいやさしくて、ニコニコしてホント楽しかったんです。」
「それがうれしかったんです、ボクは」
「親がすごい喜んでくれたからボクは頑張れたと思うんです。親のためというとあれですが、だから必死で頑張ってやったんです」でも、それがね中学生になったら、だんだん親が「勉強はあんたのためや!」「自分のためにやるんだ!」って言うようになった。
「えっ、オレのため!?これって自分のためなん?」
そう思ったら「もうボク勉強なんかできなくなったんです、アホらしくて」と言っていました。
そして、それは親への反発という形でもヒデ君の場合はすごく出ました。
「オレのために勉強せなあかんなら、勉強なんかせんわ!」
こうなったわけですな。
さて、このヒデ君の告白をどう捉えるかはそれぞれ意見があることでしょう。
それぞれが育った環境も親の育て方も親の態度も皆違うから、一概にはいえないことでもあります。
まあ、こういう考えの子供だっているんだということを知っておいてもらえればイイです。
もう1つ。高校受験を終えて、もうボクが教えることもなかった高2のとき、ちょっとした事件があって、親から電話があったか、覚えていませんが、ボクは校舎にヒデ君を呼んで話したことがありました。
そのときボクはブチ切れたんですね。
ヒデ君曰く、
「あのときボコられましたよね」
「たしかにな、分厚い入試問題集で殴りまくって、本が完全に原型をとどめていなかったもんなあ。」
なぜストロングがブチ切れたのか。
ストロングは説明していたら、ヒデ君が
「センセイ、それ違いますよ。あのときセンセイがキレたのは、
ボクが親のことを『あの人ら』か『あの人たち』か言った瞬間、親のことを『あの人』と呼ぶようになったんか
とブチ切れたんです。」
ヒデ君を校舎に呼んだ時、ヒデ君はその頃つるんでいた連中数人と校舎に来ていた。
分厚い入試問題集でボクがヒデ君を殴りはじめて、ヒデ君が泣いたんですね。
「あのときなにが悔しかったって友達の前で殴られて泣いたことですよ。あれがカッコ悪くて情けなくて・・・」
「あの時からです。センセイに自分のホントの姿を見せたら、怒られる、やられる。それはイヤだ。だからもうエエ恰好をするようになったのわ。
「あのあと何回か会ってますよね。でもそれって全部悪い部分を自分なりにできるだけ隠して、バレてたかもしれないですけど、ボクなりに見られないようにして話したりしてたんですよ。ホントのことは話せないというか」
「結構センセイと会うのしんどかったです、正直言って」
「でも、今日はなんかボクも年をとったのか、隠さなくてもいいというか、素のままの自分で話せています。」
「今までセンセイと会った中では一番楽しい時間です」・・・
8年という歳月がそうさせたのか、お互いに年齢を重ねたということなのか。
会わなければ知ることもなかったこの話。
ボクは、ただただ「母ちゃんを泣かすな!」これだけが言いたかったのですが、その伝え方、表現方法がはたして適切だったかと言われればグウの音も出ません。
相手(子供)に伝わってこそ、伝えたということ!なんて平生のたまわっているボクとしては、子供心を思うとなんともせつない感じがして、果たして自分が生徒たちにしてきたことは良かったんだろうかとも思えてきて反省しきりです。
それほど多くの影響を生徒たちに与えてきたとは思いませんが、悪い影響は与えてきたのかもしれないなあ。
ヒデ君、オススメのハモはおいしかった。酒もうまかったなあ。
また飲もう!次はヒデ君の弟と彼女も交えてな。頑張れよ!
『10の鉄則』の感想、続々と・・・
小4 santaさん
緻密な計画を立ててやることをもっとも苦手としている親なので大いに反省そしてプレッシャーを感じています。
さんざん話し合いもして、本人が受験の必要性は感じているのに、それが積極的に勉強するという行動になかなか結びつかないのは、理屈では納得していても本当のところ頭で納得していないからなのでは?と思ったり、いやいや納得しているけれど実際の勉強量が多くてげんなりしているだけなのかな?と思ったり、本当のところがよく分かりません。
(省略)最近では勉強しようというと、頭痛や腹痛を頻繁に訴えるようになり、それすらもイライラしている自分が本当に尋常ではないと思いながらも、今ここで諦めたらいけないと、なだめたり叱ったりして無理やりやらせていました。
あきらかなエラーですね。
とりあえず本人の負荷を減らして体調不良を治したいです。
そのために、鉄則を読んでから一念発起し、塾に相談をしてみました。(好きだった社会が地理になってから異常に苦手意識を持つようになり、腹痛や頭痛も増えたり、塾も休んだりし始めたため、今現在必要な最低限の課題は何か、進め方のアドバイスなどを相談しました。
結果、意外にも丁寧にアドバイスいただき、今までの宿題の進め方が間違っていたことも分かり、課題も減らすことができました。
その直後に控えていた復習テストでは、基本問題のみに的を絞り、なんとか偏差値50を取れて、そこに関しては本人も苦手だと騒がなくなってきました。)
あとは一番時間的に負荷がかかっている算数も基本問題のみに絞ってやらせることにしました。見ているとあせって雑に解いたりして、結局基本も応用もどっちもおろそかになっているようでしたので。
こちらについても近日中に塾に相談するつもりです。(今のところ親の判断で勝手に宿題を減らしているので)そのせいか少し最近は頭痛が減ってきたように思います。
塾の宿題をこなしきれない状態の場合、やはり家庭でその内容を減らすなり、難しいモノをやらないなどの策が必要です。
もちろん宿題を塾に提出しないと叱られるとか怒られるとかの問題も出てくるので親が前面に立ってやって、塾と相談するのが大前提です。
家庭で宿題がこなしきれなくてどうにもならない、基本だけは繰り返ししっかりやらせますから、少し通常の出た宿題を減らしてやってもいいでしょうかとキッチリ相談する。
その際、これだけはやらせます(体調不良になったり塾を休みたくならない程度)はしっかり約束し、それについては親の責任でやらせること。
いや、鼻血が出ようが腹が痛かろうがやってこい!なんていう塾は基本的にない筈です。
宿題は塾で習ったことを定着させるためのものですから、全部できないときは絞ってやる!これは絶対です!
そのあと授業を受ける態度を改善するとか、基本はできるようになったら少し応用をやってみるなど様子を見て増やせばイイ。
とにかく宿題を一通りやる!そういう姿勢は中学受験では最悪の結果になる。特にテストで結果が出ていない場合は、親が先頭に立ってやる宿題を絞る指揮をとる。
子供はやらなくてはいけない・・・と思って苦しんでいるのですから。
中学受験はしたいけど、勉強はしたくない、できない!これが普通の小学生の姿です!!