こんにちは、ストロング宮迫です。
いよいよ中学入試が早い方では明日5日から、多くの方は今週9日から初陣となります。
お餅を食べすぎたわけでもないのにすでに胃がムカムカしている方も多いことでしょう。
年初のメルマガで、初陣を控える受験生の親の方になにを届けるべきかは毎年悩むんですが、やっぱりこれだよねって思ったのは過去にも紹介していたものばかり…(;_;)
でもまあ、ここで書いたのは5年前だし、読者もきっと忘れているからいいか (^^)♪ってことで思い切って紹介します。
5年前は受験生の報告メールにこれを添えました。どうぞ!
『人生はゲームだ』作者不明
これは君の最初の試合だ。
君が勝つことを私は期待している。
それは君のためだ。私のためではない。
なぜって、勝つことは素晴らしいことだからだよ。
勝つことは気分がよい。
全世界が自分のものになったような気分になる。
でも、その気分はすぐに消え去る。
あとに残ったものが、君の学んだことだ。君が学ぶのは人生だ。
それがスポーツのすべてさ。
君は人生の幸せ、惨めさ、喜び、失望感を学ぶのだ。何が起こるかは、わからない。
五分で引っ込められるか、あるいは長丁場を経験させられるかは、わからない。君がどういう活躍をするかはわからない。
ヒーローになるかもしれないし、影の薄い存在になるかもしれない。
まったくわからない。
あまりにも多くのことが偶然だ。
ボールがどうバウンドするかで明暗が分かれるのだから。ゲームのことだけを言っているのではない。
人生について言っているんだ。
しかし、ゲームというのは人生だからね。
すべてのゲームは人生だ。
そして、人生はゲームなのだ。
真剣なゲーム。とても真剣な。真剣なことをするとき、君はベストを尽くす。
何が来ても、それを受けて立つ。そして、それを乗り越える。
勝つことは楽しい。
それはたしかだ。
しかし、勝つことが大切なのではない。勝ちたいと思うことが大切なんだ。
あきらめないことが大切なんだ。
自分がしたことに絶対に満足しないことが大切なんだ。
気を抜かないことが大切なんだ。
自分に期待している人をがっかりさせないことが大切なんだ。勝つためにプレーする。もちろんそうだ。
でも、負けるときはチャンピオンのように負けろ。大切なのは勝つことじゃない。
大切なのは挑戦することなのだ。この詩をボクはバスケットボールの指導者ジョン・ウッデン氏の著書「まじめに生きるのを恥じることはない」という本で知りました。
5年前に紹介したときの週刊親技はこちら
負けるときにチャンピオンのように負けるためには「資格」がいる。
この詩を再びここで受験生に贈ることになったのはジョン・ウッデン氏の新しい著書「元祖プロ・コーチが教える 育てる技術」を年末に読んだから。
息子にと思って買った本だったけれど、息子がウッデン氏の「その選手のプレーは人格を越えない」と(たぶんその意味をわかっていないのに)熱弁しているのを聞いた。
それを聞いたらなんだか「あなたが書く文章はあなたの人格を越えない」という鐘のようなものがボクの頭の中に鳴りはじめて読む気になった。
この本にも作者不明の『人生はゲームだ』の詩が出ている。受験生諸君にはこれなんかどうでしょうか。
私は数多くの間違いを犯してきたが、失敗を犯したことは一度もない。
全米学生選手権に毎年優勝することはなかったし、試合には何度も負けている。しかし、失敗を犯したことはない。
自分にできる限りのことをしたと確信できるなら、決して失敗ではない。私はベストを尽くした。それが私にできるすべてだった。
あなたはこれから間違いを犯すだろうか? 当然だろう。しかし、最善の努力をする限り、それは失敗ではない。
受験生諸君、これまでのことを悔いても仕方がない。やるんだよ、今から。思った時がスタートなんだから。
本気の受験生は1月からグンと伸びるんだよ。伸ばせ!粘って粘ってもう少し伸ばすんだよ。間違いは犯してきたけれど、失敗なんかしていないんだからさ。
こうした考え方はウッデン氏の考える「成功の定義」に深くかかわってくる。
・・・一生懸命に努力を重ねベストを尽くして「可」という評価を得た子どもは、手抜きをして「良」という評価を得た才能に恵まれた子どもよりも高いレベルの成功をおさめたと私は思う。自分をよりよい教師にし、自分が指導する若者たちにより建設的で公平で報われる努力目標を与える方法を、私は模索し始めた。
やがて、父が故郷の農場で息子たちに教えようとしていたことを思い出した。
「自分がなれる最高の自分になるよう努力しろ。他人から学べ。しかし、人よりも優れた人間になろうとはするな。
それはおまえたちにはどうにもならないことだ。そのかわり、自分がなれる最高の自分になるよう一生懸命に努力しろ。それならおまえたちにもなんとかなる。
おまえたちはもしかすると他人よりも優れた人間になるかもしれないし、そうはならないかもしれない。そういうことは自然にまかせておいたほうがよい」
これは影響力のある言葉だった。私は、高い得点をとること以外の努力目標を生徒たちに与えるときに父の教えを思い出していた。
私はまた、自分が指導していた選手たちが報われるような建設的な努力目標を与えたかった。得点が業績や成功の最終評価であってほしくなかった。
得点では下回ったとしても勝つことは可能だし、逆に得点では上回ったとしても負けることもありうると私は思っていた。今でもそう思っている。
そのころ、たまたま次のような詩を読んだ。
神への告白をしようと
ひとりの哀れな人間がひざまづき、頭を垂れる
「私は失敗しました」とこの男が言うと
神はこう言った
「汝は最善を尽くした。それは成功だ」こうして、1934年、私はついに、自分なりの「成功の定義」を考案した。
【成功とは、自分がなれるベストの状態になるために最善を尽くしたと自覚し、満足することによって得られる心の平和のことである。】
親であるあなたがこの「成功の定義」を採用するかどうかわからない。けど「心の平和」はベストを尽くすことで得られるとボクは思う。
ただしだ、それをどう子供に伝えるか。
ウッデン氏は言う。
父親と母親は子どもに手本を示す存在でなければならない。
親は、子どもが成長する過程でどういう行動をとり、どういう大人になるべきかという強くて前向きな手本を示す存在なのだ。それこそ、親の最大の責務であり、子育ての機会のひとつである。
コーチもまた同様だ。親であることとコーチであることは、本質的に同じだと私は思っている。しかも、このふたつは、世の中で最も重要な専門職だ。
相手に無理やり何かをさせるのはやめよう。それよりこうなってほしいと思う模範を示すのだ。
次の詩は的を射ている。
言葉でどんなに教えても、
本棚にあるすべての書物を読ませても、
若者にどうあるべきかを教えることはできない
教える者が身をもって示すことによってのみ、
それは可能になる
子供たちはベストを尽くす!親である私たちもベストを尽くす!「自分がなれるベストの状態になるために」ね。
【最善の努力をする限り、それは失敗ではない】のだから!
子供が家にあるお金をちょろまかして使っていたことが発覚してショック!?そういうことって結構あります。
いや、ウチでは絶対にないという家庭とちょくちょくあるという家庭にわかれるのかも!?
何が子供にそうさせるのか?
来年春の受験に向けた親カツ講座新年度の募集をいよいよ本日より開始いたします。
小5 Nさん
復習テスト対策と公開実力テスト対策を購入し、その後、経過のご報告をしていなくて申し訳ありませんでした。
お陰様で、テスト対策を実践して取り組んだところ、順調に成績があがり、2回続けて偏差値も60を超えました。しかし、12月のテストでは、まさかの偏差値50という結果に。
いろいろ考えられる原因はありますが、今は今回得点できなかった分野の復習をし再度A問題に取り組んでいるところです。
私も初めての受験なので、今後は親カツ講座でも、いろいろとアドバイスをいただけたらと思います。どうぞ宜しくお願いします。
それと、教材ですが、1月以降の申し込みは一括配送は対応していただけないでしょうか?
毎月の課題は、その月にしっかり取り組むようにしますが、受験までの流れを一通り先に目を通しておけたらとも思いまして・・・
年が明けてからの親カツ講座お申し込みは基本的にお申し込み時に初回2月号を発送、そして毎月20日前後にその月の親カツ講座を発送していきます。
ご希望の方へは半年講座の一括発送も行っております。流れを早く知りたい方はお申しつけください。
ただし、まとめて送られてきても、やるのは1つずつです。毎月お送りする課題には意味がありますから。親カツ講座前期をおろそかにすると受験期夏以降、問題は噴出します。
もう受験生に出てくる問題はあらかたわかってる。受験は「症状」が出る前の予防が可能です。早めに正しく的確に手を打つ!それが親の役目。
これから新規に受験生が早めに取り組んでおくべき課題をすべく親カツ講座の募集を開始しますが、受験生になる前に【満足できる点数をテストで獲れる「勉強のやり方」の確立】が優先なのは申し添えておきます。
範囲の狭いテスト、範囲の広いテストの対策はある程度できている!それが受験生なのだから。
子供が自覚するのを待つなんて、時間の無駄だと思います!