こんにちは、ストロング宮迫です。
この前ここで、中学受験は一部の子供だけがすることによるメリットとデメリットがあると書き、いいほうに作用すればいいけれど、悪いほうに作用すると、その後が苦しいと。
そして、受験だから結果に白黒つくのは仕方ないとしても、白でも黒でもそのあとにきちんと続いてくれるなら、全てはいい経験となりうる。
そのためには親の考え方がきちんとしていないとやっぱり難しいと、書きました。
先日、こんなメールをいただきました。
こんにちは。毎号愛読させていただき、子供への対応にいつも戒められている、中1、高1の男の子の親です。
以前、上の子の中学受験の件で、ご相談させていただいたものです。
本日の新「勉強の常識」メルマガを読ませていただき、胸がいっぱいになり、またメールさせていただきました。
上の子はその後やはり中学受験に失敗し(ご相談は家で過去問をやると結構出来るのに模試の結果は振るわない、と言った内容でした)、公立の中学校に行きました。
中学受験に失敗した後、今になって言えることですが、本人は自殺しようと思ったというほど落ち込んでいたようです(私たちの前では、ショックを受けているのかなと思うほど普通でしたが)。
中学3年間、素晴らしい成績をとっていたわけではなく、内申も最終的には33!しか取れませんでした。
塾でも上から2つ目のクラスで、模試でも偏差値52~3でしたでしょうか。
中学3年生でも、成績は少しずつ下がってきていて、男の子なので、テストの結果も言わないし、出来も聞けないし、本当に大丈夫なのかとひやひやものでした。
受験は・・・・・など10校ほどエントリーしました。結果的には早い段階での○○の合格、◇◇の合格をいただき、△△はやっぱりダメでしたが、気を良くしてその後の受験に向え、国立大学合格を目指し、今は□□に通っております。
先生のおっしゃったとおり、中学受験の失敗は本人を強くしたと思います。とても傷ついたと思いますが、よく立ち直ってリベンジとまでは行きませんでしたが、たしかに頑張ったと思います。
中学受験、高校受験と思い出すと私は苦しくて今でも胸がいっぱいになってしまいますが、子どもはこれを糧に更に大学受験に向かってほしいと思っています。
ご相談ではありませんが、結果報告です。
先生のメルマガは本当にためになっております。長く続けていただけるよう、祈念いたしております。
長文、乱文にて失礼いたしました。
いかがでしょうか。
非常に不安定な綱の上を子供たちは歩いているということですよね。
メールにあった
中学受験に失敗した後、今になって言えることですが、本人は自殺しようと思ったというほど落ち込んでいたようです(私たちの前では、ショックを受けているのかなと思うほど普通でしたが)。
たくさんの子供たちから受験後の心情を聞くと、こういう話はよく出てきます。
子供たちは普通に見えるんですが・・・・でも、すごい葛藤をしているんですよね。
自殺なんて聞いちゃうと親はすごくビビっちゃうんですが、「自殺しようと思った」というのは程度の差があります。
本当にそうしてしまうというより、それに近いくらい苦しかったという感じで話す子供が圧倒的に多い。
だからそんなに心配する必要はないんですが、それでも、普通に見えていても、ヘコむし、穴に落ちた感というのは子供にとってはすごく大きなことだという認識が必要です。
ゆえに私たちはこのメルマガを通じて、受験校の選択に慎重を期す話や受験前に子供たちに合格を出してやる儀式ともいうべき作法を重んじ、皆さんにお話しているわけです。
一言で中学入試で終わりじゃない、高校入試で終わりじゃない、大学入試で終わりじゃないと云いますが、当の本人にとっては、特に子供にとっては目の前の今がすべてですから。
目の前の今がすべてで先が見えないから、やるべき勉強だってなかなかやる気にならないし、入試が来るのはわかっていても尻に火がつかないわけですからね。
すべてはウラとオモテでつながっている。
そういう意味で、僕らは無謀な挑戦を好みませんし、オススメをしません。石橋を叩いても渡らない主義なのです。
受験前の志望校の判定が5%以下と出ていても、実際の結果が出れば子供たちはショックを受けるものです。
「いや、受かるとも思っていなかったから全然平気!」と仮に言うとすれば、最初から受けなきゃいいのにと思う。
わざわざ子供に黒星をつける意味はないとさえ考えています。
「いや、イイ薬になる。黒星がついてそこから発奮すればいいんだ!」と言う方もいるけれど、黒星がついて発奮する子供は受験の前から発奮の前兆を見せている子供だけです。黒星がついたから発奮したんじゃない。
発奮もしたことがない子供が黒星がついたことで俄然やる気になった!なんて事例は実際のところ、ごくごくわずかです。
なぁーに、失敗の1つや2つで挫けてどうする!?
この言葉が言えるのは、子供に一喜一憂しながら伴走した人で、かつ慎重を期して受験校を選定して挑んだ方だけ。
普段、何の関心も示さずに、「勉強しろ!」とだけ言ってきた人が結果についてだけ何かいうとしてそれが子供に届くか。
そりゃあ届きませんな。
親よりも塾の先生のいうことに共感する生徒が多いのは親よりも先生のほうが勉強面でも気持ちの面でも伴走をしてくれたと子供が認識しているからですから。
入試はゴールじゃない! それはハッキリしているんですが、でも子供はゴールと思ってる。親の半分もそう思ってる。
だから、中高一貫校に入っても、高校に入学しても、2年か3年ほどで半分は勉強についていけなくなる。
この時期、受験のラストスパートで頭がパニックになりながら頑張っている親の方に本当は「あと少しですよ」と言ってあげたいけれど、実際はそうはいかない。
中高一貫校に進学したら入学少なくとも2年、公立中学から高校に進学したら入学から1年は、勉強がついていけているかだけでなく、勉強方法をちゃんと確立しているか、授業を受けてお土産をちゃんと持って帰っているかなどは見守ってやらなくちゃいけない。
その関わり合い方の密度にはそれぞれの家庭の事情と関係性があるだろうけど、「入試がゴールじゃない!」という方は、受験が終わったあとにそれを行動で証明しなくちゃならない。
入試が終わったあとにそこで息を切らして倒れこむわけにはいかないんです。だって、そこはゴールじゃないんだから。もっと先ですよ、ゴールは。
子供たちに負荷をかけることを怖れる必要はないけれど、慎重じゃなくちゃいけない。
「負けてもいい。立ち上がれ!」は、言うは易く、行うは難し。
立ち上がるためには小さくてもいいから成功体験の記憶がいる。
小テストが満点だった。小テストが3回連続満点だった。あれは毎日練習したもんなあ。
そして、小さくてもいい、失敗の体験の記憶。
テスト前、あんなに頑張ったのにできなかった。やったのにできないってなぜ? どうして?
それらの小さな体験の積み重ねの結果として入試があれば、勝って兜の緒を締めることも可能になり、負けて立ち上がる気力も湧く。
そうなるために今の日々の体験がある。
子供はガラス細工。落としたら割れるけれど、温めれば思わぬ形にグニャリと変形する。
どう扱って、どう体験させるか。そしてそれらをどう受け止めるかのアドバイスのチャンスは親にある。
メールにあった
中学受験の失敗は本人を強くしたと思います。とても傷ついたと思いますが、よく立ち直ってリベンジとまでは行きませんでしたが、たしかに頑張ったと思います
こう言えるように今日を頑張りましょう。
たかが受験だが、されど受験。
でも、忘れないでほしいのは、ボクらが戦っているのは負けたら終わりのトーナメント戦でなくリーグ戦。
昨日負けたら今日勝てばいい。
今日負けたら明日勝てばいい。
でも、安心はできない。10連敗ってこともあるからね。リーグ戦最下位の負け癖がついたチームはなかなか再浮上できない。
選手を把握していない監督じゃ勝利はつかめない。
あなたは子供を本当に知っているのか?
今一度しっかり考えてみてください。押忍!