先日、あるお母さんからこんな質問がありました。

うちの子、将来ニートにならないか心配です。

ニートだけにはなって欲しくないので、今からできるよい方法はないでしょうか?

「ニート」の定義について、内閣府は、

「非労働力人口のうち、就業、就学、または職業訓練を受けていない15歳から35歳までの未婚者」で「家事手伝いも含む」としているようです。内閣府が平成17年に出した『青少年の就労に関する研究調査』では、非希望型無業者と非求職型無業者を合わせた数は約84万人だそうです。

内閣府の「青少年に関する調査研究等」

平成25年版の「子ども・若者白書」によると、若年無業者(15~34歳の非労働力人口のうち,家事も通学もしていない者)の数は、平成(2012)年には63万人。

15~34歳人口に占める割合は平成24年は2.3%、

年齢階級別にみると、
15~19歳が 9万人
20~24歳が17万人
25~29歳が18万人
30~34歳が18万人

となっているようです。

定義によって数も違ってくるんでしょうが、それにしてもスゲェー数です。

確か「大学・短大への進学希望者」が70万人程度だったと記憶していますから、それとほぼ同数が「ニート」ということになります。

文部科学省「大学入学者選抜、大学教育の現状」〈PDF〉

親が勉強をさせて、成績上げて、大学に進学させたものの、ニートになった、なんてことになったら、どうしよう!?

きっと、こう心配するのはお母さんが多いのかも・・・親は、どうすべきなのだろうか?

親が子供の勉強を見ている家庭では、こんな意見が出るかもしれませんね。

「勉強をあれこれと、親が手助けするのはマズイだろ!」なんて

そのウラには、「手助け=自立できない」なんていう方程式が頭の中に渦巻いているのかもしれません。こういう意見を出すのは、きっとお父さんが多いハズです。

だって、普段からお母さんが熱心に子供の勉強を見ることに賛成ではないお父さんが多いですから(^_^)

「ほっとけ!」なんてね。

今回の質問をいただいたお母さんのご家庭は、まさにそうだったようです。親が協力して勉強させるのは、子供の自立の妨げにならないか? その結果、ニートになってしまったらどうしようと心配になったそうです。

このご心配になる気持ちはよーーーーくわかりますよ。

ただ、ストロングが知っている「成績がイイ子の親」を見てきた限りでは、子供たちがニートになるなんてまったく想像できません。

いや、正しくは「成績がイイ子の親」が

ニートなんて、許すはずがない

という表現のほうが正確かもしれませんね。というと、なんか強烈なキャラで、スゴイ剣幕で「ニートはダメ!」なんて子供を捲くし立てる姿を想像してしまうかもしれませんが、そうではないんですね。

ストロングが、成績がイイ子の親を見てきて気づいたことの1つに、

「成績がイイ子の親」は、常に

「うちは、あと何年?」

と意識しているということがあります。「常に」ですよ!

たとえば、小学2年生で中学受験を考えているとします。「うちは、あと4年で中学受験だな!」こういうことは、みなさんも意識することでしょう。

が、まだ続きがあります。

「あと7年で高校生」

「あと10年で大学受験」

「あと14年で大学を卒業」

「その後は大学院に進学するか?就職か?」

という具合に意識されているわけです。

もちろん、予定通りにいくかどうかは別の問題ですよ( ̄  ̄) 大事なのは、「同じことを子供も認識している」ということなのです。

「何年後に、僕は何している?」

個人差がありますし、具体的なイメージがハッキリしている子供とそうでない子供がいますが、いずれにしても、どの立場にあるかはきちんと意識しています。

「11年後、俺は大学生か~」という子。「11年後、俺は何してるんだろ?」という子。

この違いがわかりますか??

えっ、そんな早くからさきさき進路を親が決め付けるなって!?

もしかしたら、前者の「オレは大学生か~」と言う子供に対して、親が子供の人生を決めたように感じる方がいるかもしれません。でも、全然そんなことはありません。

だって、本人が本当に嫌なら道を変えればいいし、そうなったら親が「道を変えること」を許可すればいいわけですから。それよりも大切なのは、先を意識している親子と全然イメージできていない子供の違いです。

例えば、

どちらの子の方が、ガンバルことに抵抗がないか?

いつも言ってますが、子供たちは楽な方に流れます。まあ、大人もそうですけど
(^_^)

意識できている子供は、大学というものが自分にとってどんな影響を与えるかを考える前に、大学に入るにはどれだけ大変な勉強をしなくてはいけないの?

こう考えます。後者の「俺は何してるんだろ?」という子供であれば、大学に進学しない(=勉強しなくていい)という選択肢を考えつきます。ごく自然な流れなのです。

一方、前者の子はどうでしょう?

少なくとも、10年以上は自分は大学に進学するものだと思ってきました。そうであれば、実際に勉強をするしないに関わらず、「勉強しない」という選択の方に抵抗があるでしょう。

この違いは、大きいです。親にとって、我が子がニートになるなんて想像はできない。

でも、今ニートになっている人が、10年前の子供の頃に「10年後、俺は働いているんだな~」なんて意識していたかどうか。おそらくまったく意識なんかしていなかった人が多いでしょう。

例えば、

「高校を卒業したら家を出ること。ただし、大学を卒業するまでは面倒を見る。その後は自分で生きていけ。」

なんて親から言われて育った子がニートになるのか?

100%とは言いませんが、まあ、ならないです。そうやって、子供に長い時間かけて伝え続けてきたのですから。もっといえば、口やかましい、うるさい親と離れて暮らせる!それも大学に行けば、多少の仕送りも、漏れなく付いてきて、羽を伸ばせる!!うれじーーーー!!

あとわずか頑張れば・・・なんて思っている子供たちもいるようですな。

「うちは、あと何年?」と常に意識し、子供と共有する。

勉強についても、同じことです。

仮に、高校に入学するまでは、子供の勉強を親が見ようと決めた。

小学2年であれば、あと7年ちょっと。

小学6年であれば、あと3年ちょっと。

中学2年であれば、あと1年ちょっと。

どうですか?

小学校低学年とはいえ、生まれてから今に至るぐらいの期間程度しか勉強を見ることなんてできないのです。私たち親が、子供と勉強を通じて時間を共有することができるのは人生のうちでも、ごくごくわずかな期間です。

バトルになって大変だとしても、あと数年でオ・ワ・リ!

「お母さんと勉強するのは、あと○年だからね!」これを子供たちにも意識させるのです。

低学年であれば、「嫌だ~、もっと一緒にしたい」なんて可愛いことを言うかもしれませんね。

そうじゃなくても、子供たちは安心します。「よ~し、あと○年の辛抱か!」ってね。

ストロングとしては、特にこれから中学3年になる親のみなさんには、お子さんと過ごす残り少ない時間を思う存分に謳歌してもらいたいと願っています。

罵声あり、号泣あり、そりゃもうお祭り騒ぎでしょうけど!(^_^)

「親はなくとも子は育つ」と言われますが、ただ「育つ」のと「育てる」のではワケが違います。

そして、「育てる」という意識で臨むから、でも、意図したとおりに、望むとおりにならないから、だから、だからこそ、「親も育つ」んだとストロングは思います。

勉強という子供たちがキライな種目を通じてひっちゃかめっちゃか親子で掛け合いをする。子も育つが、親も学び、考えさせられ、我が子とはいえ、我が物でないことも知る。

本気で関わっている人だけがその成長の実感でき、享受できる。ぜひ子供に具体的なイメージを語りかけてやってください。

責任持ってそれができるのは、あなたしかいないのです!1回か2回言って「ダメでした!」なんて言っちゃあいけませんぞ!

子供に言っているでしょう?「諦めるな!」ってね。