難関校の受験を目指している人にとっての悩みは、塾の宿題の多さ。いくらやっても時間が足りない。そんな状態で、学校の宿題でも時間が取られるとなると「冗談じゃない!」となる。
相談を紹介しながら、解決策について考えてみたいと思います。
小6 アリさん
我が息子も受験学年で、毎日たくさんの塾の宿題に追われて、小学校の宿題まで手が回らなくなっています。
それどころか、塾でへとへとに疲れて、翌日学校を休んで、また夜塾に通うということもあります。
両立できれば良いのはわかっているのですが、子どもの体力や睡眠時間を考えると、明らかにオーバーワークなのです。
子ども本人は、学校の授業や宿題はおもしろくないらしく、学校の宿題を先にやるように言っても、塾の宿題を優先しています。
親としても、基本的には将来の目標のために頑張ってほしいと思っていますが、今ある小学校生活を疎かにすることが子どもに悪い影響を及ぼすのではないか?と危惧してしまいます。
いわゆるエリート意識や目的のためなら手段を選ばないといった発想です。
親として、どうアドバイスすべきなのでしょうか?
ぜひ、ご意見を賜りたいと存じます。
中学受験を目指し奮闘中のアリさんですが、学校生活が疎かになりつつある現状に少し心配になっていらっしゃるようです。
本当にこのままでいいのか?
ストロングの意見についてお話をする前に、一緒に考えていきましょう。
ストロングはこれまでいろいろな受験生を見てきましたし、話も聞きました。
塾があるから、学校の友達と遊ぶ時間がない
ほぼ全員が当てはまるでしょう。
入試が近づくと学校を休む
毎年聞きます。
その他にも、アリさんのように
塾の勉強をするために小学校を休む
そのため入試をする中学校側は小学校時代の出席日数を見たりもする。また学校を休むだけでなく、学校の行事を休んだり、小学校生活最後の運動会を欠席したり、修学旅行さえも不参加だったり(>_<)
では、子供に悪影響はないのか?
ビミョーですね、これは。
ひどく悪影響を及ぼしている子供もいれば、全然そうでもない子供もいますからねえ。
中学受験をすることで、受験をしない子たちよりも体験することが少なるかもしれない。でも受験をする子だけが、「経験できること」だってある。
小学校の思い出はないけど、塾での思い出は満載。そういう子供だって現にいますし。
いいのか悪いのかは、親の価値観次第。
アリさんも事の是非を判断する際には、少し極端な事例というか、最悪の場合を考えてみればいい。
塾の勉強のために学校はちょくちょく休む、行事には参加しない、運動会も行かない、修学旅行も行かない、その上、すべてを懸けた受験では志望校に不合格になった。
学校を休んで受験勉強に懸けたことを後悔しないか?
不合格になるくらいだったら、修学旅行には行けばよかったとかにならないか?
アリさんは「どうかな?」と思いながら、子供が塾のことを優先することを事実上今は許しているわけですが、こういうことを考えた上で、また子供と話し合った上で、優先順位を決めたのかどうなのか。
もし、いろいろと言うし思うけど、子供が勝手にそうしているんですというのであれば、ちょび考えておかないと、
たとえば、受験が志望校の合格と言う形で終わったしましょう。
優先したことで結果が出たわけですから、万々歳ですよね。
子供も、やはり学校よりも塾を優先したからうまくいったと思う可能性が高いでしょう。
で、中学校に入って、今度は優先順位が変わって、もしかしてゲームが最優先になったとしたら・・・(ちょっと極端な例ですが)
アリさんは子供をストップさせることができるか?
できない可能性が高いでしょう。
これが
目的のためなら手段を選ばないといった発想
の1つの答えとなるでしょう。
だから、ちゃんと話し合って、最悪の場合も想定して、優先順位を決めてかかる必要があるわけです。
結果がうまくいこうが、いくまいが納得できる道を選ぶ。
これが、親技でお勧めする考え方です。
興味のある方は、一度参考になさってみてください。
もう1つ心配されている
エリート意識
について。
今や塾の中にさえ「エリート教育」を謳う塾がある時代ですが、今回のアリさんのご相談とエリート意識がどうつながるのか、ストロングにはちょっとよくつかめないのですが・・・
それはたぶん「エリート」についての言葉の定義がストロングとアリさんでは違うからでしょう。
ストロングの認識では、エリートとは、
スッゲェ損だと思えることでも、皆の為になるなら、皆の為になると思えるなら、自分のことを犠牲にしてでも真っ先に行う人
だと思っています。
戦争でいえば、一番最初に亡くなる人。例えば、国にいったん事が起これば、志願して従軍し、真っ先に国の為に命の犠牲を顧みない・・・そういうのがエリート(だとストロングは思っています)。
別にそうしなさいと言わなくても、自らの意思でそうするわけですから、そういう意味で、エリートは非常に誇り高く、自負心が強い、高貴な精神の持ち主と言えるでしょう。
ゆえに我が子をエリートにということは、ストロングの解釈では皆の為に率先して犠牲となれということですから、ストロングのような平凡な親としては、我が子にはあまり望まないのです。
エリート意識を持つとは、すごいことなのですよ、ストロングからすれば。
自分のことだけちゃんとやろうというのは、エリートじゃないですからね。
まあ、エリートについては言葉の定義によって議論も答えもわかれるということです。
さて、ずいぶんと前フリが長くなりました。
ここからはストロングの意見を申し上げます。取り入れるか入れないかはアリさん自身でご判断くださいませ。
まず、アリさんのご質問に答える前に、まず、中学受験についてなんですが、ストロングは、
中学受験については、賛成派です(^_^)
仕事柄とも言えますが、中学受験のことを深く知れば知るほど奥が深いように感じています。そして、この中学受験の「程よき関門」は、親次第で、子供にとって良い経験をさせることができる。
よって賛成なのです(^_^)
逆に親の協力なしで受験に取り組む方には、中学受験はおススメできません。メリットがあれば、デメリットもつきものですが、程よいとはいえ、手ごわい関門だけに、人まかせでは怖いと感じています。
次に、ご相談の勉強のために学校を休んだりすることについて。
これについては勉強のために学校を休むのは反対です(>_<)
ここは意見が分かれるとこでしょうから、単に「賛成」「反対」では片づけないでほしいところです。
先に前フリとして一般論については、書きました。それを踏まえて、受験に限らず、なにかの習い事を本気でやろうとするなら、他のものが疎かになるものです。
例えば、スポーツやピアノなどの習い事。プロを目指して学業そっちのけで練習に励むことはよくあります。
早い時期から1つのことに本気で取り組むということは、子供が経験する範囲を狭めることになります。つまり、デメリット。
この早くから世間を狭めるデメリットを解消するために、1つのことに特化して臨んでいる子供は、その1つの習い事をやる際に、そこからすべてを学ぶ、または学ぼうとする。
つまり、技術やテクニック以外に、人間関係や礼儀や先生に対する態度、学ぶ姿勢、復習、反復練習、努力の意義などを学ぶわけです。
これをしないと単なる専門バカになってしまって生きていけなくなるからです。
では受験はどうなのか?
受験を目指し頑張っている子供なら、学校での宿題や授業よりも塾の勉強の優先順位が上になったとしてもおかしいことではありません。
そうだとすれば、学校を休むのも「アリ」となりそうですが、ストロングは違うと思うのです。
それだけ「学校生活が大切と思っているのか?」というと、それも違います(^_^)
受験において、ストロングが、受験の勉強のために学校を休むことに反対なのは、
学校を休ませるのは親のミス
だと思うからです。
プロレベルを目指すスポーツについては詳しくありませんのでストロングから言えませんが、受験勉強についていえるのは、
学校の時間を割かなくても合格するための勉強はできるはず
と思っているのです。
生活のすべてを犠牲にしなければ届かない学校というのは、ほとんどない。
これは経験上から言っていることなのですが、学校に関することに時間を使った上で、残りの時間でやりくりをして合格を目指すことが可能なのが受験だと思うのです。
そういう意味では、プロレベルを目指す習い事よりもはるかに低い関門が受験といえるかもしれません。
それは受験がカンタンだと言っているのではないのです。
勉強に関して、多くの方が、勉強のやり方、時間の使い方、子供への接し方がマズイために、学校の時間までが必要になってしまう。
つまり、明らかに親の管理ミスでやりくりがうまくいかなくなっているといえます。
もっと言うなら、勉強のやり方、時間の使い方、子供への接し方などが十分にできた上で、なおかつ学校の時間を使って受験の勉強に打ち込むなら、それはもう成績は青天井ということです。
しかし、多くの方がそうではありません。
勉強のやり方、時間の使い方、子供への接し方がマズイがゆえに、時間が足りなくなって、学校の時間に食い込んでいる。
これは思い切っていえば、ダラダラ受験勉強をしている可能性が高いことを意味しています。
本来であれば、時間内に収められること、収めなければならないのに、なんとなく夜遅くまで机には座って朝が起きられない・・・
親が協力する以上は、そんなことあってはいけない!そう思うわけです。
アリさんが、学校生活が疎かになりつつある現状に違和感を感じていらっしゃることは正常な感覚だと思います。
しかし、一方で、子供が塾の勉強優先になることだっておかしいことではありません。
だったらまず、みっちりそばについて子供を観察し、
・時間内にこなしきれてない勉強はなにか?
・勉強のやり方を改善する方法はないか?
・1日の時間の使い方はどうか?
・子供のモチベーションは高いか?
・モチベーションを高く維持するためになにをするか?
・この受験で親はなにを求めるのか?子に何を望むのか?
・家庭内での優先順位は何なのか?
・受験のさらに先に見据えているものはなにか?
などなどを明確にする。
そこまですれば、これは各家庭で結論は違ってきますが、子供にどんなアドバイスをすべきかもハッキリするでしょう。
親の本能で感じる危惧は将来、だいたい問題として表れるのが常です。
子供の人生はこれから何十年も続くもの。
もし今「目的のためなら手段を選ばない」やり方になっているなら、たとえ合格できたとしても、必ずや将来に禍根を残すことになるでしょう。
まして「目的のためなら手段を選ばない」では、高貴な精神を持つエリートにはなりえない。
合格がすべてじゃない。ゆえに受験は過程が大事なのです。
なにかを得れば、同じ量だけ何かを失うのです。どうせ失うのであれば、覚悟の上で失いたいものです。
「受験」で人生を棒に振らないために!
どこまで親がやるかのレベルは家庭内の価値観もあるだろうし、目指すところで違ってきます。
私たちが提唱する「親技」では、子どもの頑張りはそのままで、親の頑張りで成績を上げるノウハウを紹介しています。
興味のある方は、一度参考になさってみてください。