「英語のエキス」の佐香武彦さんからお手紙をいただきましたので紹介します。
佐香さん、怒っていらっしゃいます!!
いつまでも英語を学び続け、さらなる道を究めようとしている佐香さんがお怒りのワケとは・・・
佐香さんからの手紙
或る日、NHKの「ホールドオン!」という番組を見ていましたら、
「鉛筆の芯の「F」は「firm」の略である」
というようなことが放送されたのです。
NHK連続クイズ「ホールドオン!」
「F」は「fine(細書き)」の略であり、このことに関しては私の見解と異なることですので・・・
しかも国中の多くの人、とりわけ英語の学習者にとっては「良くない放送」でしたのでNHKに丁重な手紙を認めたのですが「なしのつぶて」で、二度目の手紙にも返事が無く、業を煮やして、2ヶ月経った或る日、三度目の手紙を書きました。
やっと返事が来たと思ったら・・・(佐香さんの激怒の文が続くので省略)・・それを見て、「これ以上こんな人を相手にしてもしょうが無い」と思いました。
別紙のようなことが私見です。
英語は私たちにとっては母語ではありませんし、いつまで経っても私も学習者の一人です。
ですから、正しいことと間違いとがあったら、私は、躊躇せず「正しいこと」を選びます。
過去にも私が了解している事柄にも間違いがあったようですので訂正もし、お詫びもし、潔く謝ってきたつもりです。
古来より「過ちを改むるに憚るなかれ」と言われ続けてきたのですが・・・
だから日本は外国人から馬鹿にされるのだと思います。相変わらず、外国には通じない「和製英語」を後世大事にしていますし・・・
とまあ、こういう内容のお手紙をいただいたんですね。
NHK連続クイズ「ホールドオン!」というのは見たことがないのですが、クイズ番組ですよね。
そのクイズ番組で出された回答が間違っているのではないかというのが佐香さんのご意見でした。
佐香さんの私見を紹介する前にNHKの番組をはじめ、鉛筆の会社はどう言っているのかを見てみましょう。
まずは鉛筆の業界団体と思われる日本鉛筆工業協同組合のQ&Aです。
B、H、Fの記号にはどんな意味があるの?
鉛筆の種類をあらわす記号は、
Bはブラック(黒い)
Hはハード(かたい)
Fはファーム(ひきしまった)という意味です。
NHK連続クイズ「ホールドオン!」同様、
鉛筆の「F」は「firm」
という見解のようですね。
まあ、こっちがクイズを作る際の出元でしょうから、当然といえば当然。
他には、三菱鉛筆株式会社の「えんぴつなんでもQ&A」では、
「H・B・Fの意味は?」
えんぴつについているH、B、Fといった記号は、芯のこさとかたさを表すもの。
HはHARD(ハード:かたい)
BはBLACK(ブラック:黒い)の略字で、
Hの数字が多いほど、うすくかたい芯を示し、反対にBの数字が多いほど、こくやわらかい芯を示します。
FはFIRM(ファーム:しっかりした)という意味で、HとHBの中間のこさとかたさを持った芯のことです。
もう1つ。
芯の硬度・濃度とは?
鉛筆の芯の濃さと硬さを表す6Bから9Hまでの記号をいいます。
鉛筆の芯は、黒鉛と粘土の割合によって、硬いものから軟らかいものまであり、例えばHBでは黒鉛65%に対して、粘土35%です。
芯の硬度は6Bから9Hまで17種類あり、硬い芯はHardの頭文字Hを使い、軟らかい芯はBlack の頭文字Bで表されます。
その中間にFがありますが、これはFirm(ひきしまった)の頭文字を使っています。
日本工業規格(JIS)では、HBなどを硬度記号と言わず濃度記号と言っています。
しかし歴史的に表面強度の引っ掻き強さの基準として、鉛筆が使われていました。この事からも、一般的には硬度と言う表現が適していると考えられています。
業界団体、皆がよく知る大手企業も「しっかりした」「ひきしまった」と訳こそ違えど、
鉛筆の「F」は「firm」である
という見解。
この外、インターネットでよく使われると思われるgoo辞書「鉛筆の芯」も、ストロングが見たネット掲示板にある質問の回答にもほとんど「Fはfirmの略」と書かれているようでした。
現状では「Fはfirmの略」が99%に近い感じで埋め尽くされています。
1%が佐香さん。
その佐香さんの見解を紹介します。
佐香さんの手紙より。
鉛筆の芯”F”はfine(細書用)の略です。
以下、各辞書の項目はいずれも「F」の項
Oxford Advanced Learner’s Dictionary
(オックスフォード現代英英辞典)(of lead in pencils)fineとの記述あり
つまり、「Fは鉛筆の芯の細書き用」
三省堂新グローバル英和辞典(1997年3月1日第8刷発行)
(THE NEW GLOBAL ENGLISH-JAPANESE DICTIONARY)「fine(鉛筆の細書用)」との記述があり
更に「fine」の項の説明には「先の尖った、鋭い」とある。
例として「a fine pen 細書き用のペン(先)」
講談社英和中辞典(1994年11月24日第1刷発行)
(The Kodansha English-Japanese Dictionary)(鉛筆)fine(細字用)との記載があり
更に「fine」の項には「(ペン・鉛筆が)細字用の」とある。
大修館書店プラクティカルジーニアス英和辞典
(2011年4月1日第7刷)
(Practical GENIUS English-Japanese Dictionary)fine(鉛筆が)細字のとの記載がある
以上、佐香さんは、4つの辞書の事例を挙げた上で、
鉛筆は1564年(室町時代)にイギリスで発明された。
300年以上経った1887年(明治20年)に三菱鉛筆株式会社が量産に成功し、それ以来合計22種を独自に選定して国内に普及を図った。
以来Hはhard の略Bはblackの略Fはfirmの略としているが、「F」等は三菱社の方針であって、イギリスの発明元(製造元)の意図とは異なるのではないだろうか。
firmの略だというのは日本では通用しても、
外国では「fine(細書き)の略である」
と認識されているのではないだろうか。
と。
これが佐香さんの指摘なんですね。
トンボ鉛筆の「FAQ」にも書かれていましたが、整理すると、
黒しん鉛筆は17種類・・・硬度記号6Bから9Hに至るまで硬さが増加し、9Hから6Bまでの線の濃さが増加していくことを表す区分記号。中心硬度はHBである。
※硬度の科学的定義は、まだ規定されていない。
と鉛筆のJISには記されています。
ストロングが「鉛筆のJIS」を参考にまとめると、こんな感じ。
硬度記号
硬←←←←←←←←←←←←←←★→→→→→→→→軟
薄←←←←←←←←←←←←←←★→→→→→→→→濃
9H-8H-7H-6H-5H-4H-3H-2H-H-F-HB-B-2B-3B-4B-5B-6B
上の図を見ながら・・・
今は問題になっていないHARD(硬い)の略「H」は左にいけばいくほど硬い。いいですよね?
もう1つ、BLACK(黒い)の略「B」は右に行けばいくほど濃い。これもいいですか?
問題は「F」です。
企業は
鉛筆の「F」は「firm」である
佐香さんは辞書に基づいて、
鉛筆の芯「F」は「fine(細書用)」の略である
早速、ストロング、三菱鉛筆株式会社のお客様窓口に電話。
一応、担当の女性には「子供が辞書を引いた内容と御社の見解が異なって戸惑っている」とちょび話を盛ってやさしく質問。
「Fはfirmというのは、辞書的な意味、すなわち正しい意味での使用ではなく、御社が独自に名付け普及にあい努めているものか?それとも「Fはfirm」というのが正しい、辞書が間違っているのだというのが御社の見解か?聞かせてほしい」と。
「込み入ったご相談のようなのでご回答にお時間をいただくことになると思います。」
「そうなの・・・ファックスでもいいのでよろしくです」
回答は送られてくるだろうか?楽しみですね。
※三菱鉛筆株式会社からは後日、途中経過の回答をいただきました
もう1件、日本鉛筆工業協同組合に電話。質問は同じ。
「あいにく事務局長が外出中で本日は戻りません。明日ならいると思います。」
忙しいんだねえ、事務局長。
メルマガ書いているし、明日まで待てないんだけどなあ・・・・
とネットを見ていると、もう電話して話した人がいた!!
大人になってから、記号の意味を知った。『B』はBLACK(黒い)、『H』はHARD(硬い)、そして『F』はFIRM(引き締まった)。
「F」は「fine(細書用)」の略ですよ?!
は、さておき、続きを・・・
Fは最新のもんじゃなく、昔からあるHとHBの間の濃さの鉛筆だった。
ただ、疑問は残った。
どうして意味ありげに、Fなんていう別格っぽい記号がつけられてるのか。
BとHだけで片付く話じゃないんだろか、と。
疑問を解決すべく、日本鉛筆工業協同組合に問い合わせたものの、鉛筆の規格はドイツで決められたから、調べてみないと分からないとのこと。
そこで、文献を探してみることに。すると、鉛筆の歴史が詳しく記されている『鉛筆と人間』(ヘンリー・ペトロスキー著)っていう本に、Fが誕生するまでの経緯が書かれていた。
19世紀、鉛筆の濃さの表し方は、国や業者によってさまざまだった。数字で表す業者や、H(HARD)とS(SOFT)で表す業者など、いろんな規格が乱立していた。
そんな中で、ロンドンにあるブルックマンっていう鉛筆製造業者が、『B』と『H』で表示した鉛筆を作った。画家が求める濃い鉛筆のグループをB、製図者が好む硬い鉛筆のグループをHとして、濃さと硬さのランクを数字で表した。
多くの人に使われ始めると、BとHの間にニーズがあることが分かって、いくつかの製造業者が『HB』を作った。そして、HBとHの間に『F』が作られた。
つまりBとHっていう、まったく別モノのラインが最初にあって、その間の濃さを埋める過程の中でHBが生まれ、さらにFが生まれた。
濃さとしてはHHBなんだけど、3文字での表示はスマートじゃないからか、新しくFって記号が作られたってわけだ。
こうして、19世紀の段階ですでにFは誕生していた。
この記号は世の中に浸透し、しばらく乱立してた濃さの表示は、20世紀になって統一されたという。
長く引用したが、肝心なのは、
日本鉛筆工業協同組合に問い合わせたものの、鉛筆の規格はドイツで決められたから、調べてみないと分からないとのこと。
2年も前の問い合わせだから、もう調べはついているでしょう。
まあ、この件をちゃんと調べているかどうかは事務局長に電話で聞いてみます。
しかし、イギリスが発明元だが、規格はドイツが決めたのか?
ならば、ドイツでは「Fはfirm」なのか?
謎は深まるばかりだが、そこに再び佐香さんからお手紙が・・・
・・・私の友人の一人に早稲田大学の英会話時代の仲間で東後勝明(とうごかつあき)という人がいます。
彼はロンドン大学で学んだ後、その卓越した英語力を買われて早稲田大学教育学部の教授として迎えられ、同時にNHKの英会話番組も担当しました。
彼に頼んで、鉛筆の芯のことを色々と調べてもらったところ、その返事が来ました。
東後勝明さんについては、
を参照ください。
上記のうち、特に「いのち伝えることば」は大変興味深い内容なので、またどこかで取り上げてみたいと思っています。
今回の論争には関係ありませんが、ぜひ読んでみて下さい。
佐香さんが東後勝明さんに調べてもらった返事には・・・
OED(Oxford English Dictionary)は勿論のこと、Encyclopedic Dictionaryや、アメリカの辞書ではWebster’s Third New English DictionaryやRandom House Dictionaryなど信頼できるものを色々と調べてくれました。
その結果「やはり「Fはfine-leadの略」との結論に達したということです。
また、日本で発行された様々な辞書も(歴史的に見ながら)点検してくれたようで、
「いつ、どこで firm が紛れ込んだのか」
と大層いぶかっていました。
鉛筆の芯のことでは日本鉛筆工業協同組合の見解が全国に広まって「ウィキペディアにも書いてあるんだから」とか「インターネットに書かれているのだから」と受け止められているようです。
私は「だからこそ危ないのだ」と思っているのですが・・・
ここまで長々と鉛筆の芯について、手紙やインターネットでのことを書いてきて、読者のどれくらいの人が読み飛ばさずに読んでくれているのかを考えると「読んでねーだろうなあ」と思います。
まあ、それはストロングの責任ですな。
多くの方の日常生活に大きな問題があるわけじゃないし、中には「だからどうした?」と声に出した方もいるかもしれない。
ストロングがこのことを長々と紹介しているのは、その姿勢について考えてほしいから。
英語のことを真剣に考えている人がいる。ここでは佐香さんですが、テレビのなんでもないクイズ番組の回答にドキッとして、それを手がかりに自分でも調べ、友人にも聞き、果たして自分の持っている認識は正しかったのかどうなのか。
そのことを追求している姿勢を見てほしかった。
佐香さん、御齢73歳です。
多くの親が子供に対して勉強についてもその他についても
「自分からやってほしい」と願い、希望し、そうなるためにはどうしたらいいのかと相談されます。
でも、実際にそうしている、お年を召しても厳しく追求している佐香さんの、これは1つの事例ですが、その1つの事例さえも、興味を持って読めずに
「自分からやってほしい」
と念仏のように子供に唱えたって、現状は何も変わりません。
アンテナをはる。
疑問に思ったら追求する。
自分で調べる。
人にも聞く。
世の中のすべての事象について、そうすべきだなんて言うつもりはありません。
なにか1つでいい。英語に興味がある人なら英語に、政治なら政治に、やれば、すべての基本は今回の佐香さんがたどってきた道を辿ることになる。
ぜひなにか1つあなたに追求してほしい。その姿を子供に見せてほしい。なんなら、子供の素朴な疑問に愚直に付き合って追求してほしい。
「これっておかしくない?」「なぜ?」これが原点です。
これを原点に「しかし、おかしいと思うのは自分だけの感覚ではないのか?」とベクトルがまず自分に向く。
調べもせずに、聞きもせずに「お前らおかしいぞ!」って大声でわめき散らすのとは、ワケが違うのです。
そこなんですよね、今回の佐香さんの話で感じてほしかったのは。
だから、長い話になっているけど、読んでいただく価値は大いにあると思っています。
『10の鉄則』なども含め、色々と教材を自分たちで販売しているわけですが、そのラインアップに自分たちのものではない佐香さんの「英語のエキス」が唯一あるのは、今述べてきたことを含めて佐香さんの英語への姿勢を私たちがリスペクトしているからです。
さて、最後に佐香さんのお手紙の最後の部分を紹介して締めます。
何年前だったでしょうか・・・スーパーアンカーシリーズの英和辞典や和英辞典を編纂している明海大学の山岸勝榮先生から受け取った手紙には
「親亀こけたら子もこけた」
と誤りの元となっている「コト」が広まっていることの怖さ
が書いてありました。
その後に来た手紙には、
「当たり前のことを当たり前に主張していく必要を英語教育のさまざまな点に感じます」
と書かれており、「誤りがはびこっていて、著名な先生でも、やりきれないことがたくさんあるのだなあ」と思ったことがあります。
鉛筆の芯のことでは「日本鉛筆工業協同組合」が親亀に当たるのでしょうか。
手紙に出てきた明海大学の山岸勝榮先生のブログには、佐香さんの疑問点について「鉛筆の芯の硬さとFの略号」と題して先生ご自身の見解を載せられています。
【関連サイト】山岸勝榮英語辞書・教育研究室
山岸勝榮先生、こんなことを書いておられます。
辞書を数点編纂した人間として、「誤りがあれば正す」、ただそれだけを大事にして来ました。
私の信念は「真実に謙虚たれ」です。ですから、私に間違いがあれば、そしてそれに気づき納得できれば、いつでも訂正します。
佐香さんがおっしゃっていることに重なりますね。
ちなみにストロングは、英語の辞書は高校時代からアンカーで、わが息子にもアンカーの辞書を買い与えたくらいアンカーファンであることを付け加えておきます。
佐香武彦さんに関する記事はこちらから
佐香武彦著『ホントの英語』のご注文はこちらから
佐香武彦著『英語のエキス』のご注文はこちらから
読者からメールをいただきました
現在高1の子供が中学受験の頃から、毎回興味深く拝読しております。
さて、「FはfirmのF」の件、私も引っ掛かりを感じていました。
私は1961年生まれですが、小学生の頃、Fって何?と思って、兄達(9歳上と6歳上)に訊いたら「fineのFだ」と教えられました。Fを使うと、ノートの字がきれいに見えるとも教えられて、Fを愛用していました。
TVのクイズ番組で「firm(しっかりした)のF」が正解になっていて、
「えー、いつからそういうことになったんだ?私はずっと間違えて覚えてたのか?子供にも間違えたこと教えちゃってた?マズイ、マズイよ~」と。
ネットで検索しても鉛筆メーカーが「firm」説。
WISDOMをみると、筋肉のように弾力のある固さ、とある。みっちりして固い感じ?
Fは、「芯の固さ」でなく「書いた時の線がどうか」を表したものと考えれば、fine(細い)→細字用で納得がいきます。
HBでは柔らか過ぎて、書いたあとを擦ってしまうと黒くなる、Hでは薄すぎる。
細かい字をスッキリくっきり書きたい需要があってできたものだろうと想像します。
美大出身のイギリス人の友達がいるので、今度、訊いてみますね。そうしたらまたメールさせて頂きたいと思います。
まだまだ暑さの厳しい折柄、どうぞご自愛下さい