毎日親技「親と子の共通言語と共通認識」

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こんにちは、ストロング宮迫です。

深夜にテレビで世界水泳をやってますね。なんでも女子200メートルバタフライで星奈津美選手が日本女子初の金メダリストになったとか。

その陰に北島康介選手などを指導した平井伯昌監督の指導力があったとスポーツ新聞で読みました。
20160815
※この毎日親技は2015年8月11日に配信したものです

平井マジック再び「北島康介と逆」で星の金導く 日刊スポーツ

・・・水が怖かった。星は持病バセドー病を治すため、昨年11月21日に甲状腺全摘の手術を受けた。傷痕は首に12センチ残った。

12月中旬から練習を再開したが、息継ぎの動作で傷口が開かぬようにシュノーケルをつけてこわごわと泳いでいた。クリスマスの25日、平井監督は「200メートルバタフライを10回泳げ」と指令した。

星は1月中旬からバタフライで泳ぐつもりだった。傷口が気になり、呼吸で首が上下動する本職の泳ぎをためらっていた。

謙虚で慎重な性格。大胆で豪快な北島とは違う。平井監督は「衝撃を食らわせた。頭をとんかちでガツンと殴ってやろうと」。懸けは吉と出る・・・

「平井マジック」については、北島選手を指導されていた時にすでに長い長い記事「親は一歩前を、歩く」をここでは書きました。

なので、もう書かないけれど、選手が変わっても指導者が選手にあった指導をしたら必ず選手は変わる!その見本になるのではないでしょうか。

だから親が変わる。指導する側、導く側が変える。

あなたが変わらないと子供は変わらない。

選手だって選手はいつだって選手のままです。その選手を見て、選手の持っているものを引きだす。頑張らせるときにかける言葉が違う。やらせることは同じでも、その導入や接し方が違う。選手や子供を見て、それが変えられる人が成果を出せる。

上の子でうまくいったからと、下の子に同じことをやらせ、同じことを言って「うまくいきません」という人が結構います。

でも、全然違うから、子供は。兄弟でも姉妹でもぜ~んぶ違う。

違うことに腹を立てて、「お前が変われ!お前がついて来い!うまくいく方法は知っているんだから」という導きは子供には伝わらない。伝わらなかったとき、親が「お前が悪い」と思ったら、この話はジ・エンドです。おしまい。

前回触れた「シンクロの母」井村雅代コーチの話「厳しい戦いのボタンのかけ違いは悲劇を生む」も一緒。

国が変わっても、選手が変わっても、結果を出す人は出す。

なぜかって考えたら、答えはおのずとわかるでしょう。親もまったく同じです。

「子供が言うことを聞きません!」

それはあなたの言うことを聞かないだけだから。

「子供にやる気がありません!」

それはあなたがやる気を出せないだけだから。

指導者が変わったら、選手も子供も変わらないのに、途端に成果が出る。決して不思議なことではないです。

前回、皆さんに問うた士は己を知る者の為に死す

この言葉の意味をもうしっかり考えたことでしょう。「士は己を知る者の為に死し、女は己を悦ぶ者の為に容(かたちづく)る。吾、其れ知氏に報いん」のです。

子を知らない親に子は呼応しない。自分を知らない者の言うことは聞かないし、「よしやるぞ!」とは決して言いません。

良い勉強のやり方を調べる前に親は子を知らなければなりません。それが成果をグッと出す最強の土台だからね。

スポーツの話ついでにもう1つ勉強を頑張る家庭に知っておいてもらいたいことを書いておきます。

京都の公立、私立の高校を10度、甲子園に導いた立命館宇治の卯瀧逸夫監督のお話です。卯瀧逸夫監督は、今夏限りでの退任を表明されていて、惜しくも京都大会決勝で鳥羽に敗れて甲子園はなりませんでした。その監督のインタビューがあって、まったく勉強と一緒だなあという話があったので皆さんに紹介する次第です。

聞き手はスポーツライターの松井浩さん。インタビューの中で卯瀧監督はこんなお話をされています。

『私はこう指導して甲子園に9度出場した』

スコアブックなしに試合内容を話せないと試合で使えない

・・・帰りのバスの中で「あの場面、こうやったな」、「あれ、なんで」とスコアブックもなしに監督とバッテリー、あるいは他の選手がしゃべれるチームにしたいと思っています。また、私の経験では、そういう話ができるチームの時の方が、試合をしても強いです。

「スコアブックを見ないとしゃべれません」っていう部員には、「さっき、君がしてきたことやろ」と言いたいです。

「7回の先頭打者で、どんな思いでバッターボックス入って、どんな球が来て、どう打ったぐらいのことが話せないで、そりゃ、うまくはならないだろう」という話はよくします。

特にピッチャーやキャッチャーは、それが出来ないと、試合で使えないです。バッターでも、使いにくいですね。また、練習試合でいくらバッターボックスに立たせても、経験を生かすことができないですから、効果があるとも思えないです。公式戦なら、なおさらですね。

勉強も一緒。

「テストどうだった?」
「まあまあ」
「昨日やったの出た?」
「知らん。わからん。知ったこっちゃない」

まあ、こんな会話がなされている場合は、だいたい成績がよろしくない家庭ですな。

でも、「知らん。わからん。」に悪気があるわけじゃない。ただ正直覚えていないんです。一生懸命やったけれど、「なにが出た?」って聞かれても思い出せない。

成績がイイ子はテストを受けたら、そのテストをよく覚えているもので、テスト後にテストを見なくても、1番がこの単元で、2番はこんな問題というのがパッと出る。できた、できなかったもね。それって家庭学習の時から何の単元の勉強をしているのかがちゃんと意識できてるってことです。意識できているからテストを受けても把握もしやすいし、できる。

授業を受けて帰って「何の単元の授業を受けたのか?」が答えられない子供がたくさんいますが、そういう場合、頑張って勉強しても一定レベルで行き止まる。

勉強はある面では知識の出し入れです。まずは授業を受けて復習して知識を頭の引出しにしまう。テストで問題を見たときに「これはあの引出し」というふうに引出しを出して解く。

範囲の広いテストや入試問題は、どの単元が出るのかわかっている定期テストや週間テストと違って、問題番号になんの単元かは書いていないし、どこから出されているのかもわからない。

つまり問題を見て、自分で引きだす引出しを決めて、そこから出し入れしないといけない。なかには2つの引き出しをセットで使わなくちゃならない問題だってある。

解答解説を見て「ああ、これはこういう解き方をするのか」は見ればわかる。見ればわかるけれど、見ないとわからなければ、初見の問題にぶつかったときにチョビ困る。時間がたっぷりあるなら、いいんだけれど、パッパッと処理していかないといけないテストではそこに時間のロスが出る。

親技では、最終的にテストを受ける際にテストの通過時間を記入しようって言っています。

1番を何分で通過したのか? 2番は? 終わったときに使った時間と獲得した得点の時間対成果を見るためでもあるけれど、頭の中の引き出しをどれくらいのスピードで決めて出し入れしたかも解いた時間を見たらわかるからでもあります。

大問1つにある4問を全部正解したけれど、15分もかかっていたとすれば、それでいいのか?

正解は4問のうち3問でイイから8分で通過すべきであった

とか

4問正解を目指すべきだが11分でやるやり方を身につけるべきだ

とか

変なやり方をしているから15分もかかるのだ

とか、限られた貴重な時間を使って全力必死で受けたテストを有効に活かすためにそうしているだけ。

帰りのバスの中で「あの場面、こうやったな」、「あれ、なんで」とスコアブックもなしに監督とバッテリー、あるいは他の選手がしゃべれるチーム

は、絶対に強くなる。経験が共通の言語で共有されて蓄積されるから。

共通の言語っていうのは日本語っていう意味ではないですよ。お互いが、勉強では親子が共通の意識で認識された言葉遣いでテストを語れるっていうことです。

平井監督は手術後に不安を持ち、こわごわと泳いでいた謙虚で慎重な性格の星選手に練習を再開してすぐに

「200メートルバタフライを10回泳げ」と指令した。

「衝撃を食らわせた。頭をとんかちでガツンと殴ってやろうと」

スポーツ新聞では「懸けは吉と出る」とあったが、このバクチ、平井監督はほぼ勝てるという確信があったとボクは思う。

優秀な監督やコーチや親が賭けをする時、決して一か八かの賭けはしないから。五分五分の確率でもしないなあ。

いかに優秀な絶対に勝てる監督やコーチや親でも「絶対勝てる」とは保証できないけれど、「ほぼ勝てる」賭けなら、やります。いや、勝てる賭けだと思えるからやるんだな。

「ほぼ勝てる」賭けをするためには監督と選手、コーチと選手、親と子は「共通の言語と共通の認識」がないとできない。信頼関係が構築できていないとできません。

「200メートルバタフライを10回泳げ」

「この問題集を3回やれ」

「このテストならこの問題は捨て問でしなくてもイイ」…etc

誰もがカンタンに口にして指示するけれど、「己を知る者」の言葉だからやれるし、効果があるし、意味がある。共通の言語をしゃべるとは過程を共有していないとできません。

今日の試合をスコアブック見ないでもしゃべる、テストを終えてテストについてしゃべる、誰でもできることじゃない。ただテストはそこに現物のテストがあるから、それを見ながら語るわけだから、スコアブック見ないで語るよりはカンタンっていうだけです。

この卯瀧監督の言葉

「7回の先頭打者で、どんな思いでバッターボックス入って、どんな球が来て、どう打ったぐらいのことが話せないで、そりゃ、うまくはならないだろう」という話はよくします。

をボクが言い換えれば、こうなります。

12分経過してやり始めた3番の問題を読んで、なんの単元かがわからず、なにが聞かれそうか予測もできず、実際に解いてみたらどうだったかが話せないで、偏差値や志望校の判定を上げようなんてできないは自明だろう?

勘違いしないでください。最初からはできませんよ。

まずは問うことから始める。

「どうだった?」
「なにが出た?」
「どうしようとした?」
「なにで引っかかったの?」

過程を共有する者同士が日々の学習を念頭にそうやってやり取りすることで、子供はそれに答えられるように意識し始める。意識し始めるとテストを受けても把握もしやすくなるし、できるようになる。

あったりまえのことじゃない。でも成績がイイ子にはあったりまえのことなんです。

特にピッチャーやキャッチャーは、それが出来ないと、試合で使えないです。バッターでも、使いにくいですね。

本当は使えないんだけれど、受験生はみんな当たり前に入試に臨む。だから轟沈する。

それが少しでもできるようにならないと

練習試合でいくらバッターボックスに立たせても、経験を生かすことができないですから、効果があるとも思えないです。公式戦なら、なおさらですね。

何度テストを受けようが、いかに頑張って勉強しようが蓄積されない勉強や経験は使いものにならない

あれだけやったのに・・・そんな言葉を受験生から聞くことがあるけれど、その「あれだけやった」の中身はどうだったのかです。

何も語れない、覚えてもいない経験は自分の役には立たない。周りからのアドバイスだって身にならない。当然です。

せっぱつまった受験生が今から親子で共通言語と共通認識の土台から取りかかるのは、いくらなんでも遅すぎるようにも思える。しかし、共通言語と共通認識の土台の上で語られないアドバイスも指示も相手には伝わらない。

伝わらないけれど、受験生だから必死に言い続ける。それは穴の開いたバケツにセッセと水を汲む行為に等しい。

水のたまらないバケツに水をセッセと汲む行為は虚しい。虚しい行為が続けば親はまず受験まで耐えきれない。そんな耐え切れない親を見ている子供は暴発するしかない。

水を汲んだら、たまっていかないとね。今日覚えたら明日も覚えていないと。水を汲んでも太陽に照らされていくばくかの蒸発はあって目減りはするんです。それでも水が全部なくなるわけじゃない。

今日やったことが明日確認したら、全然できない、つまり全部蒸発しちゃってたら、それは長続きはしません。自明のことです。

今日100問じゃなくても、今日10問でも明日見ても、バケツに残っている10問にしましょう。親子お互いのためにね。そしてそうするために共通言語と共通認識がどうしたっている。秋以降になればわかりますよ、共通言語と共通認識がない場合はグダグダになるから。

そうなる前にチェックしておきましょう!
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うれしい報告

「ノリ勉 算数・数学」を終えての感想

ひこにゃんさん

◆明らかに今回の成果と思うことは何ですか?

繰り返すことで理解し、身に付いていく。

◆子供のそばで勉強を見るってやっぱり非常識でしょうか? 親にとって学ぶべき点はありましたか?:  
 
非常識とは思いません。褒めることにこんなにも努力を要するとは 思ってもいませんでした。                                
◆お子さんと一緒に勉強するのは楽しかったですか?

はい、楽しかったです。子供は最初はおもしろがってましたが、後半は、またか・・・という感じでした。

オリンピック級の選手のコーチもあの手この手で選手のモチベーションを、練習を管理しています。

オリンピック級の選手なのにです・・・

選手が努力するのは当然ながら、コーチもあの手この手で努力する必要があるでしょう。

その努力の量は目指す目標によって違ってきます。

あなた方親子は、なにを目指しているのか? どこに行こうとしているのか?

決めるのはあなたたたちです!

『10の鉄則』の感想、続々と・・・

小6 ひこにゃんさん

買う前は半信半疑でしたが、ボーナスが出たので、ダメ元で思い切って購入しました。ごめんなさい。

もう少し早く出会いたかったです。夏休み前に読んでいればと….

気も引き締まりましたが、これまでの成績低迷が親である自分の責任であると痛感しました。

悔やんでも仕方がないので、これから出来る事を頑張っていきます。

特に目標を達成するための決まりのところ、家庭学習で短時間で成果を出す点はよく肝に銘じて進めていきます。

でも、ここまで悪い親が引っ張ってきてしまい、罪悪感で子供の顔をまともにみることができないんです。

悔やんでもだめですよね。残りの夏休みをしっかりやってまた報告させてください。

ありがとうございました。

以前の後悔っていうのは、「今」が前に進んでいれば、薄れていくものです。全く消えて無くならないけど薄れていく。そのためにも「今」が大事です。

前に進んでいれば、成果が「今」出ていれば、以前の後悔の種は全部これからの肥やしになる。以前を後悔し、そして今も悩んで停滞している、これがもっとも最悪で、どうしようもない事態です。

昨日よりも何か1つ。昨日できなかったことが今日は1つできるようになった。たったこの1つの積み上げだけ。難しいことじゃない。誰だってできること。

そのためには親自身が今やっている成果の出ないことに、自分自身に厳しく目を向けることです。

昨日よりも今日!誰にでも絶対出来ます!ファイト!

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