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こんにちは、ストロング宮迫です。

この間、幼児や小学校低学年の子供たちの学習教室をしている方と話す機会があったのですが、教室に来ても、

「ゲームやテレビの戦隊モノの話ばかりをする」

そのことにしか興味がないように話し続けると言われていました。

「どういうことなんでしょうか?」ってわけです。

いろいろお聞きして「家が壊れてるんですなあ・・・」とボクは言ったのでした。

「壊れている家の子供をなんとかしてやりたいとあなたが使命感を持っていろいろとなさることはすばらしいし、それにより子供たちが少しでも前向きで良い方向に進める環境を提供できたら幸せですね」

と言ったあとで、

「でも、せいいっぱいなさって、どうにも変えてやれないというお子さんが出ても、それはあなたの責任ではないですから、自分を責めないで下さいね」

とも言いました。

もし、変えられない子供がいて、それが自分のせいだ、自分が未熟だからダメなんだ、子供を教える資格なんかないと考えて、教室を閉めたら、変わる可能性があった子供たちの「可能性」までなくなってしまうことになるから。

教室や塾はあくまでも「従」であって、「主」たる家庭が全壊している中で、「従」である教室や塾が「主」である家庭の流れを変えることは、ホントに難しいですから。

ただ、忙しい親に変わって、親以上に接する時間が長い教室や塾や習い事の先生が子供たちの居場所を作り、才能を大いに伸ばしてやる事例はたくさんある。

一方で、そうして先生が伸ばした「才能の芽」を家庭でのわずかな時間で台無しにする親もいる。

あまりのも有名で多くの方が読んでいると思われるなので改めて紹介するのは気がひけますが、すでによく知っている方もぜひお付き合い下さい。

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※この毎日親技は2013年7月11日に配信したものです

親技ではここで繰り返し「子供の可能性は無限である」というようなことを書きます。

このフレーズをしれっと書ける、そして「まあそうだよね」と読む人に思わせる素地はこの本がよく読まれ、世間では「常識」のように扱われているからなんでしょうな。

この本木村久一著「早教育と天才」が書かれた際の「序」の日付は大正6年。

木村久一著「早教育と天才」27ページ

それでは早教育が英才をつくるのはなぜか。

この理を明らかにするには、子供の可能能力ということを述べなければならない。

例えばここに「どんぐり」があって、それが理想的に生長すれば30メートルの木になるなら、われわれはこの「どんぐり」は、30メートルの木になる可能性をもっているという。

同じように、ここに子供があって、それが理想的に成人すれば100度の能力を備えた人になるなら、わわれはこの子供は、100度の可能能力を備えているという。

しかし、理想的ということは、すべてむずかしい。

だから30メートルの木になる可能性をもっている「どんぐり」でも、実際に30メートルの木に生長することはむずかしく、たいていは12メートルか15メートル、場所が悪ければ、6~9メートルの木にしか生長しない。

しかし、肥料をやるとか何とか、よく手入れをすれば、18メートルとか21メートルととか、時には24メートルや27メートルの木にも生長する。

同じように、100度の可能能力を受けて生まれた子供でも、全然投げっぱなしにして置けば、20度か30度の能力を備えた人にきり成人しない

すなわち、その可能能力が2割か3割きり実現しない。

しかし、よく教育すれば、60度か70度とか、時には80度や90度の能力を備えた人にも成人する。

すなわちその可能能力が6割とか7割とか、時には8割や9割も実現する。

さて、教育の理想は、子供の可能性を10割実現させることである。

ところが子供の可能能力には、逓減の法則という法則がある。

例えば100度の可能能力を受けて生まれた子供を、生まれた時から理想的に教育すれば、100度の能力を備た人になるが、5歳から教育すれば、理想的に教育しても80度の能力を備えた人にきりならない。

また、10歳から教育すれば、理想的に教育しても60度の能力を備えた人にきりならない。

すなわち、教育を始めることが遅れれば遅れるほど、子供の受けて生まれた可能能力の実現する割合が少なくなる。

これが子供の可能能力の逓減の法則である。

まあ、こういうことから教育熱心な親は早くからさまざまなことを子供に習わせたり、教室に通わせたりするわけですな。

この本はご存じのように1818年に書かれた「カール・ヴィッテの教育」に基づいて書かれたものです。

ヴィッテの父は、それを自分でやったわけですな。ただそうした早教育については、現在でも異論がたくさんある。猛反対する人だっています。

この本にもそれが出てきます。

木村久一著「早教育と天才」 29ページ

しかし諸君は、早教育は子供の健康に害があると考えるかも知れない。この考えは諸君ばかりの考えでない。

これは早教育に対する昔からの非難である。

ヴィッテの父もこの非難を受けた。トムソン兄弟の父もこの非難を受けた。ミル父もこの非難を受けた。

しかし、ヴィッテは子供としてきわめて健康快活な子供であった。

問題は「早教育」そのものではなく、その考え方とやり方ですよね。

「早教育」を行って、うまくいっている家庭もあれば、子供が壊れている家庭もある。

それは子供をみればすぐわかること。特に小さい子は、よくわかる。

いわゆる何の悩みもなさそうな明朗快活な子か、オドオドしたり、親の顔色をうかがう子かなどにも出てくるでしょう。

じゃあ、どんなことをしたのか?

木村久一著「早教育と天才」 40ページ

ヴィッテの父は、ヴィッテが物心がつくや否や、ことばを教え始めた。

彼は、「子供の教育はいかに早く始めても、早過ぎるということがない」と言っている。

彼は書いている。

例えばわれわれは、息子の目の前に指を出して動かして見せる。すると息子は、それを見つけて掴もうとする。しかし、初めのうちは、見当が違ってなかなか掴めない。しかし、ついに成功する。すると息子は非常に喜んで、それを口に入れて吸い始める。その時われわれは、ゆるやかに、そして明晰に、「ゆび、ゆび」と数回発音して聞かせる。

彼はこのように、ヴィッテが物心つくや否や、目の前にいろいろなを出して見せて、その名をゆるやかに、そして明晰に、数回発音して聞かせることを始めた。

するとヴィッテは、間もなくそれらの物の名を、明瞭に発音することができるようになった。

次にヴィッテの父あるいは母は、幼いヴィッテを抱きながら、食卓上器具や食物や、からだの部分や、着物の部分や、室内の器具や品物や、家屋の部分や、庭園の草木や、その部分等、少しでもヴィッテの注意をひくすべての物の名を教えた。

えっ、私も同じようにしてきたって!?

すばらしい。

では、もう少しさっきの続きを紹介しましょう。

木村久一著「早教育と天才」 41ページ

いったい、子供にことばを教えることは、なかなかむずかしい。よほどよく考えて教えないとうまく行かない。

けれどもヴィッテの父は、ここを実にうまくやった。

われわれが外国語を覚えるにも、単語をたくさん覚えなければだめであるが、さりとて頭から単語を覚えようとしても、いたずらに労が多くてすぐに忘れてしまう。

私などもある時期には、ウェブスターの小型辞書をふところにねじ込んで置いて、片端から暗記しようとしたこともあるが、後からぞろぞろ忘れてしまってあまり効果がなかった。

単語をたくさん覚えるには、やはりおもしろい本をたくさん読んで、その中の単語をうまく覚えるようにしなければならない。

これと同じように子供の語彙を豊富にするにも、頭から単語を詰め込もうとしても効果がない。

否、単に効果がないばかりでない、かえって害がある。

ヴィッテの父は、ここを実にうまくやった。

その方法は、食卓上の物や、室内の物や、庭園の花や虫等を捕えて、それに関してヴィッテといろいろな話をする。

そうしてその話のうちに、新しい単語とその意味をうまく教えるのである。もちろんその話は、初めのうちはきわめて簡単なものである。

それを毎日根気よくやるのである。

こうしてヴィッテが少し話がわかるようになると、父と母は毎日、彼にお話をして聞かせた。幼い子供には、お話ほど大切なものがない。

子供はこの世のstrangerである・・・・・

ヴィッテは父からこういう教育を受けた結果、5,6歳までに、約30,000という多数の単語やすやすと覚えたそうです。

著者の木村久一さん曰く、

・・・実に驚くべきことでないか。

わが国の中学生などは、5年かかって英語の単語を優等生でも5,000と覚えない。普通は3,000くらいである。早教育の効果はこれを見て分かるであろう。

また、ヴィッテの父は、「おっぱい」「あんよ」「わんわん」などの片言や方言やなまり等を教えなかった

いつまでも子供くさい単純な言いまわしだけに止まらず、だんだん複雑な言いまわしを了解したり、使用したりするように教育し、その言いまわしは、きわめて明瞭正確を期し、決してあいまいな言いまわしを用いないように教育した。

木村久一著「早教育と天才」 43ページ

わが国の子供は、10歳くらいになっても、その語彙と言いまわしの貧弱なこと、はなはだしい。あれでは学校の先生が、骨が折れるのはもっともである。

すでに言ったように、ことばはわれわれが知識を取り入れる道具であるが、単に単語ばかりでなく、いろいろな言い回しも覚えなければ、この目的をよく達することができない。

わが国の中学生なども、小学校でもっといろいろな日本語の言いまわしを覚えて来たなら、外国語などを覚えるに、もっと楽で進歩が早かろうと思う。

ホントにそうで、今の中学生の問題は英語ができないのではなく、日本語ができないってことですよね。

こうしてヴィッテは八歳の時、ホーマー、プルタルコス・・・ドイツ、フランス、イタリア、ギリシア、ローマのいろいろな文豪の本を読むことができた。

木村久一著「早教育と天才」47ページ

子供の能力を枯死させないで、早くからうまく教育すると、子供は実にこういう勢いである。

それなのに、ヴィッテの父がヴィッテを教育した時から100年後の今日、われわれは依然として、子供の教育を始むべき時に始めないで、その能力を枯死させてしまって、「うちの子供は、どうも成績が悪くて困ります」などとこぼしている。

はなはだしきに至っては、学年末などに教師のところに、反物などを買って行って、「どうぞよろしくお願いします」などと哀願する。

私はこういう親を見る毎に、その子を思う深い親心には少なからず動かされるが、同時にその不見識を哀れまざるを得ない。

落第する子供を、無理に上級に進めてもらっても、子供のために害にこそなれ、決してためにならないでないか。

それはとにかく、真に子供を愛する者は、子供の心理とその教育に、もっと心を向けなければならない。

犬のように子を愛し、犬のようにこれを育てるのは、決して人たる所以ではない。

大事なのは、本を読むとわかりますが、無理矢理子供に知識を突っ込んでいないってことです。

長くなりましたので最後の引用です。

木村久一著「早教育と天才」 49ページ

ヴィッテが3、4歳になると、父は毎日彼を連れて、必ず1、2時間ずつ散歩をした。

しかしその散歩は、ただぶらぶら歩くのでな、絶えずヴィッテと話をしながら歩くのであった。

例えば野花を摘んでそれを解剖し、これは何それは何というふうに説明して聞かせる。

あるいは小虫を捕えて、それに関していろいろな知識を与える。

このようにして石ころ一つ、草一本といえども話の材料になるのであった。

しかしその教え方は、決して詰め込み主義でなく、まずヴィッテに興味を起こさせ、それに応じて適当に教えるのであった。

また彼は、これは植物学上のことだとか、これは動物学上のことだとかというふうに、決して系統を立てて教えない

散歩中ヴィッテの興味をひいた物について、適当な知識を与えるのであった。

だからヴィッテは後になってから、動物学や植物学の本を読んだ時、その書いてあることを、何の苦もなくやすやすと了解することできた。

ヴィッテの父の教育の秘訣は、子供に興味と疑問を起こさせて、それに答えることであった。

ところがわれわれはどうか。

子供は2、3歳になると、うるさいほどいろいろなこを尋ねるものであるが、われわれはたいていこれをいい加減に片付けてしまって、ていねいにこれを説明して聞かせるということをしない。

このようにして子供の能力を枯死させてしまって、子供が学校に行くようになってから、初めて「うちの子供はどうしてこう成績が悪いだろう」などと騒ぎ出す・・・・・

子供の「無限の才能」を枯死させておいて、かつ成績が悪いと怒るというのは、「すべては子供自身が悪いせいだ」と親が声高に子供に言っているのと同じってワケです。

罪深いですなあ・・・・親っていうモノは。

この前、「幼児に英語を!」って、かつ手間がかからないからって英語のDVDを延々と子供に見させている方に出会ったけれど、それは教育熱心ではないからなあ・・・

ガキの顔見たらわかるのにねえ・・・

保育所だ、学童だ、民営だとかいろいろとニュースになっていますが、先生方には、何の資格をもっていなくてもいいので、木村久一著「早教育と天才」は3回は読んでおいてほしいモノです。

問題はその考え方とやり方なんですから。

そう思いませんか?

まだ読んでいない方はぜひ!

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うれしい報告

成績上がったよ(^_^)報告

小4麦わらさん

5月の中頃に「公開・実力対策」DVDを購入しました。毎回メルマガ「新・勉強の常識」をかなり真剣にありがたく読ませていただいております。

小4の娘ですが、春休みから塾に通わせ始めました。約2ヶ月に1度の割合でいくつかの単元が習得できているかの確認テストが行われています。

その確認テストの結果、娘は2教科では塾内で1番でした!前回も10番以内ではありましたが、手応えが違いました。あのDVDを拝見し日々のメルマガの内容とでとにかく今回のテストに対しては私自身が変わったので何をすべきか、とてもクリアでした。

本当にありがとうございます。結果もさることながら、親がやってあげられることがこういった種類の「技」だったなんて。。。

数ヶ月前の私からは考えられません。本当に出会えて良かったです。

メルマガの内容を読み込んでいただいているのが、なによりうれしいストロングです。

「手ごたえ」そうなんですよねえ、上がるときというのは、手ごたえが、前兆が必ずある。しけた感じでやっていたら、グンと上がった!なんてことはないんですねえ。

引き続き、2度連続で1位を取る!そこで本物になるし、お子さんもイイ意味でのプライドも出るでしょう。ファイト!

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